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63話 測れたもの、測れないもの



精密魔力測定器は、低く安定した稼働音を立てていた。


金属製の筐体に刻まれた、複雑な魔術陣。

それは帝国で一般的に使われている測定器とは、設計思想そのものが違っている。


隣国メルトガルト――

技術都市と呼ばれる国が誇る、最新式の精密魔力測定器。


医療棟の一室で、エド・イレイユスはその前に立ち、表示板を凝視していた。


「……やはり、帝国製では意味がなかったな」


帝国の魔力測定器は、

“平均的な魔力保有者”を管理するための装置だ。


規格外の存在など、最初から想定していない。


だから最低値が出た。

正確には――測れなかったのだ。


「リオル。少しだけ魔力を流してくれ」


ベッドに腰掛けていた少年は、緊張した面持ちで小さく頷く。


「……はい」


装置に手を触れた瞬間、魔術陣が淡く光り始めた。


数値が、ゆっくりと上昇していく。


1000。

2000。

3000。


エドは、眉一つ動かさない。


4000を超えたあたりで、室内の空気が明確に変わった。


「……まだ、上がるのか」


医療班の誰かが、思わず息を呑む。


4990。

4995。

4998。


そして――


【4999】


数値が、ぴたりと止まった。


直後、乾いた警告音が鳴り響く。


【上限到達】

【5000以上:測定不可】


「……」


エドは、ゆっくりと息を吐いた。


「やはり、ここが限界か」


帝国軍幹部クラス。

――否、それ以上。


「正確には……」


表示板から目を離さず、静かに言い直す。


「測れたのは、ここまでだ」


それ以上が存在しないわけではない。

“表示できない”だけなのだ。


「……もう、いいですか?」


不安そうなリオルの声が、部屋に落ちる。


「十分だ。ありがとう」


エドはそう告げ、測定を終了させた。


少年が部屋を出ると、医療棟は一層静まり返った。


エドは記録を取りながら、内心で状況を整理する。


(病気ではない)

(呪いでもない)

(先天的な異常でもない)


欠陥ですらない。


「……問題は、制御じゃない」


小さく、だが確信をもって呟く。


「器だ」


体が弱いから魔力が多いのではない。

魔力が多すぎるから、体が耐えきれない。


しかも――


(底が、見えない)


循環を整えることはできる。

理論上、魔力を抜くことも可能だ。


だが。


「下手に干渉すれば、暴走を誘発する」


リオルの魔力は、底なしだ。

抜いても、また満ちる。

それ自体に、意味がない。


「……医師としては、最悪の症例だな」


自嘲気味に呟き、眼鏡を押し上げる。


治せない。

だが、病気ではない。


――方法が、まだ存在しないだけだ。


ノックの音。


「エド」


ゼクロアの声に続いて、ミリアが入室する。


「測定は終わった?」


「ああ」


エドは二人を見てから、静かに告げた。


「数値は、4999です」


ゼクロアの目が細まる。


「帝国軍幹部クラスですね」


「いいえ」


エドは、はっきりと首を横に振った。


「それ以上です」


「5000を超えた先は測定不可。

上限が存在しない可能性があります」


一拍置き、低く続ける。


「……この力が帝国に知れたら、

全力で“消しに”来るでしょう」


「国家一つが、滅びかねません」


事実を述べただけだった。


沈黙。


「今後の方針は?」


ゼクロアが問う。


「数値測定は、これで終わりです」


即答だった。


「これ以上測っても意味がない」


「今後は、体調・精神状態・魔力感覚。

それらを総合して判断します」


ミリアが、静かに頷く。


「抑えるのは?」


「不可能です」


「理解させ、慣らすしかない」


「削るのではなく、整える。

内側から制御を学ばせるしかありません」


二人が部屋を出たあと、

エドは一人、机の前に立ち尽くした。


(……まだ、出来ることがある)


抑えるのでも、抜くのでもない。


(溜める、という選択)


リオルの魔力を、安全に受け止める器。


「……魔力貯蓄装置」


思考は、さらに進む。


「貯めた魔力を、

ライフラインへ転用する装置」


魔力灯。

医療設備。

結界維持。


(この魔力なら……

一国分すら、支えられる)


そして、最後に。


「……常設防御魔術結界装置」


リオルの魔力に耐え切れる、

領全域を覆う防御結界。


それは領を守り、

同時に――彼自身を守る盾となる。


(帝国に知られる前に、守りを完成させる)


エドは引き出しから羊皮紙を取り出し、インク瓶を開いた。


宛先は、技術都市メルトガルト。


元・帝国治癒魔術医師団

《グリゴレア》団長としての信用を、今こそ使う。


羽根ペンを取り、静かに書き始めた。


――魔力貯蓄装置の設計・製作依頼

――ライフライン転用装置の開発

――超高密度魔力に耐える常設防御結界機構


一文一文、慎重に。

だが、迷いはない。


(この子を、“異常”で終わらせない)


医師として。

そして、大人として。


エド・イレイユスは、ペンを走らせ続けた。


それが――

後に世界の在り方を変える決断になるとも知らずに。


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