61話 それぞれの刃、それぞれの忠誠
アルトレス邸の会議室は、異様なほど静まり返っていた。
重厚な長机。
壁に掲げられたアルトレス家の紋章。
窓の外には、どこまでも穏やかな空。
――だが、この場に集う者たちは、
その穏やかさとは正反対の“力”を宿している。
「――全員、揃っているな」
低く落ち着いた声で、ゼクロア・アルトレスが告げた。
その一言で、空気が切り替わる。
視線が、一斉に中央へ集まった。
リオル・アルトレスは、わずかに背筋を伸ばす。
体格はまだ少年の域を出ない。
だが、かつてのような怯えはない。
逃げることも、縮こまることもなく――
ただ、静かにそこに立っていた。
会議卓の右手側。
鎧を纏った巨大な獣人が、腕を組んで立っている。
黄金に輝く鬣。
岩のような筋肉。
その存在自体が、剣の圧を放っていた。
アルトレス軍剣術部隊総隊長――
レオニス・バーハレル。
ライオン獣人だ。
彼はリオルを一瞥すると、ゆっくりと前へ進み出る。
床を踏みしめる重い音。
そして――
深く、静かに頭を下げた。
「……初めてお目にかかります」
低く、揺るぎない声。
「アルトレス軍剣術部隊総隊長、
レオニス・バーハレル」
一拍置き、はっきりと告げる。
「――以後、お見知りおきを。
リオル様」
その「様」には、義務も形式もない。
ただ一度見て、“主と認めた”者への、純粋な忠誠だけがあった。
反対側の席。
黒い鱗を纏う巨躯が、椅子に腰掛けている。
翼を畳み、尾を床に垂らしたまま、
空気そのものを支配する存在感。
アルトレス軍空撃部隊総隊長――
ノーガ・ダキネス。
ドラゴニュートである。
「……空撃部隊に異常はない」
低く、重い声が響く。
「境界付近の魔物も沈静化している。
結界の安定性も問題なしだ」
ノーガは、静かにリオルへ視線を向ける。
「――リオル様」
そこにあったのは、身分への敬意ではない。
力を持つ者を認める、本能的な忠誠だった。
会議卓の奥。
腕を組み、背もたれに身を預ける女。
赤髪、褐色の肌、鍛え抜かれた体。
アルトレス軍魔術部隊総隊長――
エリオラ・レヴィナント。
「魔術部隊も問題ない」
ぶっきらぼうに言い放つ。
「新人の訓練も順調だ。
あとは実戦経験だな」
その隣で、落ち着きなく座っていた若い女が、慌てて背筋を伸ばす。
黒髪ツインテール。
魔術部隊副隊長――マシュウ・ピコット。
「え、えっと……!
操り人形の運用テストも順調ですし、
無属性魔術の応用も……たぶん……」
「“たぶん”じゃねえ」
即座に切り捨てるエリオラ。
「ひぃ……す、すみません!」
そのやり取りに、リオルは小さく息を吐いた。
(……みんな、ここにいる)
違う強さ。
違う信念。
違う戦い方。
それでも全員が、
この場所に集っている。
そして――
その中心に、自分がいる。
ゼクロアは、その光景を静かに見渡していた。
(……揃ったな)
一歩、前へ出る。
「――最後に、一つ」
その声で、会議室の空気が引き締まる。
「お前たちには、もう分かっていると思うが」
視線をゆっくり巡らせる。
「アルトレスは、私一人で動く家ではない」
誰も、口を挟まない。
「私は、いずれこの席を退く」
空気が、わずかに揺れた。
リオルの胸が、どくりと鳴る。
(……え?)
「そのとき、このアルトレスを率いる者は――」
一拍。
「リオルだ」
静寂。
レオニスは即座に片膝をついた。
「……承知いたしました。
アルトレス剣術部隊、
主に剣を捧げます」
ノーガは翼をわずかに広げ、頭を下げる。
「空は主を選ばない。
だが、力を持つ者には従う」
「リオル様。
我ら空撃部隊、命に代えても守ろう」
エリオラは腕を組んだまま、口角を上げた。
「……逃げ場、なくなったな」
マシュウは慌てながらも、強く頷く。
「わ、私も副隊長として支えます……!」
リオルは、ただ呆然とその光景を見つめていた。
(……知らなかった)
何も、聞かされていなかった。
ゼクロアは、そんなリオルを見て、ほんの一瞬だけ父の顔になる。
「驚いたか」
「……はい」
「だが、逃げるな」
優しくも、厳しい声。
「私は、お前を後継にする」
命令でも、相談でもない。
決定だった。
リオルは、息を吸い――
小さく、だが確かに頷く。
「……まだ、足りないところばかりです」
「それでいい」
ゼクロアは即答する。
「だからこそ、
お前の周りに、これだけの者がいる」
胸の奥が、静かに熱を帯びる。
(……逃げられない)
だが――
(……独りじゃない)
それを、初めて理解した。
それぞれの刃。
それぞれの忠誠。
それらは今、確かに――
リオル・アルトレスという一点に向けられていた。




