60話 大きなチカラ
医療棟の最奥。
普段は使われることのない隔離室が、静かに封鎖されていた。
部屋の中央に据えられた装置は、
帝国製の魔力測定器とは明らかに異なる形をしている。
無骨な金属でも、荘厳な神殿式でもない。
水晶と魔導金属を組み合わせた集合体。
そこに刻まれた紋様は、魔術陣というより――
計算式に近かった。
「……これが、隣国メルトガルトの精密魔力測定器です」
エド・イレイユスが、淡々と説明する。
「対象の保有魔力量を数値化し、
循環・安定性・外部影響を切り分けて測定します」
「帝国の測定器とは、思想が違うわね」
ミリアが腕を組んだまま言った。
「ええ。
帝国製は“管理のための測定”。
こちらは“把握のための測定”です」
リオルは、装置の前に置かれた椅子に座っていた。
「……ぼく、何かしたほうが……?」
「いいえ」
エドは即座に否定する。
「今日は魔力を出さなくていい。
ただ、そこに座っていてください」
ヴォルクルはリオルのすぐ後ろに立ち、
ミノンは少し離れた位置から、不安そうに装置を見ていた。
「基準だけ、説明しておきましょう」
エドが操作盤に触れる。
「一般兵で、100から300」
「熟練兵で、400から700」
「才能ある魔術師で、800から1200」
ミノンが、小さく息をのんだ。
「帝国軍の精鋭で、1200から1800」
「そして――」
エドは、一拍置く。
「帝国軍幹部クラスが、2000から3000」
室内の空気が、わずかに張り詰めた。
「測定器の安全上限は、5000です」
その言葉を最後に、装置が起動する。
淡い光が走り、水晶板に数値が浮かび上がった。
118
247
563
リオルは、ただ静かに座っている。
呼吸も、心拍も、乱れていない。
980
1320
「……」
ミノンが、無意識に息を詰めた。
1745
2010
「帝国軍幹部クラス……」
ロナンドルトが、低く呟く。
2480
2890
だが、数値は止まらない。
3120
3540
誰も、もう声を出さなかった。
4015
4380
水晶板が、かすかに振動を始める。
4720
4890
そして――
4999
数値が、ぴたりと止まった。
一瞬の沈黙。
次の更新で、表示が切り替わる。
《測定不可》
「……え?」
最初に声を出したのは、リオルだった。
「……これ、どういう……」
エドは、ゆっくりと息を吐く。
「4999です」
「測定器が“数値として扱える”限界値」
そして、静かに続けた。
「5000を超えた時点で、
この装置は測定を放棄しました」
「壊れたわけじゃないのね」
ミリアが確認する。
「ええ」
エドは首を横に振る。
「正常な判断です」
「これは“多い”のではありません」
視線を、リオルに向ける。
「人が持つ前提で作られた数値ではない」
ヴォルクルは、無言で一歩前に出た。
リオルの背後に立ち、守る位置を取る。
「……ぼく」
リオルは、小さく呟いた。
「……そんなに……?」
「今は、何もしていません」
エドは、はっきりと言った。
「それが、最も重要な点です」
沈黙が、重く落ちる。
「この結果は?」
ロナンドルトが尋ねる。
「記録は残しません」
エドは即答した。
「メルトガルトにも、帝国にも」
「……いいのね」
「はい」
「これは、
知るべき人間だけが知るべき情報です」
装置の光が、完全に落ちる。
隔離室に残ったのは、静寂だけだった。
リオルは、自分の手を見つめる。
何もしていない。
何も壊していない。
それなのに――
世界の“基準”が、静かに崩れた。
それだけは、はっきりと分かった。




