第94話:絶対の譜面ー1
これで、全軍が揃った。
ウルシアの王子たち。カエサルの双竜。オーシャンの海神と若き聖剣の適合者。シルアの復讐者。ロムダースの機巧神匠。バル=ゼファルの暗殺者と砂塵の踊り子。
六国の誇る、文字通りの最高にして最狂の戦力たちが、名もなき東の魔境に建造された黒鋼の砦に集結したのだ。
砦の巨大な広間は、言葉を発することすら躊躇われるほどの、異常な高密度な空間と化していた。
ただ立っているだけで深海に引きずり込まれるようなシンの重圧。ライーオの全身から絶え間なく漏れ出す、周囲の気温を物理的に下げるドス黒い殺意。
クラファスとリリアノートが纏う、命の価値を紙屑と同列に扱う異質な死の気配。そして、三本の聖剣と魔剣が共鳴し合って放つ、空間を歪めるほどの強烈な波動。
常人であれば、この部屋に足を踏み入れた瞬間に白目を剥いて卒倒し、二度と目を覚まさないだろう。致死量の覇気と狂気が、この狭い空間で乱気流を起こしてぶつかり合っているのだ。
パンッ。
そんな、一触即発の爆薬庫のような空気を。
たった一度の、澄み切った、しかし絶対的な冷気を孕んだ柏手の音が、完全に断ち切った。
「さて。どうやら、役者は揃ったようですね」
中央の巨大な作戦テーブル。そこに魔境の地形を精巧に模した立体地図を広げ、第二王子ギリーエが静かに微笑んだ。
その顔は、王宮で政務を執る温和で文弱な王子のそれではなかった。
彼の瞳に宿っているのは、戦場を遥か上空から俯瞰し、命の数すら冷徹な数字として計算し尽くす盤上の王の光。
どれほど個の武力が図抜けていようとも。どれほど濃密な狂気を纏っていようとも。彼にとって、ここにいる化け物たちは皆、勝利という結果を紡ぎ出すための極上の駒に過ぎない。
「これより、この砦を拠点とした対魔族防衛および迎撃作戦の基本方針を説明します。……異論は認めません。皆さんはただ、私の描いた盤面の上で、最高効率の動きを見せてください」
ギリーエの声に、騒がしかった面々が一斉に口を閉ざした。
レイズも、シンも、狂気的な暗殺者たちでさえも、彼から放たれる絶対的な知の暴力の前に沈黙し、真剣な顔でテーブルを取り囲む。
「まず、大前提として共有しておきます。魔族封印の地からは、いつ、どんな魔族が湧き出してくるか全くの未知数です」
ギリーエは地図の上に、黒い大小さまざまな石をバラバラと撒き散らした。それが魔族なのだろ。
「よって、我々は全戦力を常に同時投入するような、後先を考えない無策な真似はしません。これは短期決戦ではなく、終わりの見えない防衛戦です。
三つのシフト制を敷き、疲労をコントロールしながら、常に何人かが全力で戦い続けられる状態を維持します」
ギリーエは、魔法で精製した赤い石を、地図の防壁の最前線へと並べていく。
「前衛の絶対制圧部隊。第一防衛ラインとなるのは、レイズ殿の炎とミスト殿の氷による高威力殲滅。ソーの聖剣と魔剣の剣戟による局地制圧。リク殿の聖剣ソラスによる突破力。そして……君の武装化による遊撃」
名前を呼ばれた者たちが、それぞれの武器に手をかける。
「あなたたちの役目は一つ。絶対に、何物をも貫く、究極の矛を構築することです。敵の数が何万であろうと、物理的に足の踏み場もないほどの死体の山を築き上げてください」
「おう! 任せとけ、第二王子。俺の大剣で、魔族の軍勢ごと西の空まで丸焼きにしてやるよ」
レイズが、ニヤリと血に飢えた獣のような笑みを浮かべる。
「ええ。一歩たりとも通さないわ。私の絶対零度で、魔族どもを永遠に砕け散るオブジェにして差し上げます」
ミストが細身の槍を床に突き立て、周囲の空気をピキッと凍らせた。
「俺も! 俺の聖剣ソラスで、一番デカくて強そうなバケモノを真っ二つにしてやる!」
リクが太陽のように笑いながら、己の身の丈ほどもある聖剣を軽々と肩に担ぐ。
「フン……俺のオボロが、雑魚の血で錆びなきゃいいがな」
ソーの中の『悪』が表に出現し、狂気的に瞳を細めて嬉しそうに喉を鳴らした。




