第92話:バル=ゼファル国王直属暗殺部隊スプリガン
開け放たれたままの砦の正門。
そこから、魔境の冷たい風とは違う、じっとりと肌を焼くような熱風と共に、三つの影が静かに歩み入ってきた。
ここには絶対にあるはずのない、砂漠の乾いた風が吹いた気がした。
「皆様、初めましてェェェッ!!」
先頭を歩く、黒い布で口元を覆った細身の青年が、突然ピシッと直立不動の姿勢をとり、鼓膜が破れるかと思うほどの異常に元気な大声を張り上げた。
「灼熱の砂漠国家バル=ゼファルより、この度馳せ参じました! 国王直属暗殺部隊スプリガン序列2位、クラファスと申します!!」
青年は、深々と直角にお辞儀をする。
「本日は、薄汚い魔族の皆様を、塵一つ残さず美しく消し去りに参りました! 血の雨が降るかと思われますが、何卒ご容赦を! どうぞよろしくお願いいたします!!」
……は?
俺は思わず顔をしかめ、レイズは目を細める。
暗殺部隊なのに、ハキハキしすぎている。第一声で美しく消し去ると、飛び切りの笑顔(目元しか見えないが、明らかに笑っている)で言い放つその瞳には、命の価値観、道徳という概念が根本からバグりきっている本物の狂気が宿っていた。
「あー……だりぃ。声がデカいんだよ、ファッさん。耳障りだ。ここは砂漠じゃねぇんだぞ、でけぇ声出さなくても聞こえてる」
その後ろから、砂色の短髪をした細身の女性が、気怠そうに首の後ろをボリボリと掻きながら歩いてきた。
彼女の手には、柄の長い奇妙な形をした鎌が握られている。
「オレは序列6位のリリアノート。……あー、よろしくな。……ファッさん、お前着いたばっかで張り切りすぎだろ。殺す前にバテんぞ。適当にやろうぜ、適当に」
「リリアノートォォォッ!!」
クラファスが、顔を真っ赤にして首の血管を浮き上がらせながら怒鳴る。
「私をファッさんと呼ぶなと、あれほど、何度言えば分かるのだ貴様は! いつも言っているだろう! クラファス序列2位と呼べと!! 暗殺者たるもの、常に規律と礼節を重んじよ!!」
「んな長ぇのめんどくせーだろ。分かったよ、序列2位ファッさん。はいはい、礼節礼節っと」
その、あまりにも場違いのような光景を見て。
砦の屋上で構えていたシンが、持っていた酒袋を危うく取り落としそうになった。
「……おいおい、嘘だろ」
常に余裕のあるシンの目が、かつてないほど、信じられないものを見るように見開かれている。
「各国の裏社会で、おとぎ話か都市伝説レベルで語られてる、バル=ゼファル王属の極秘暗殺部隊スプリガン……。ただの噂話じゃなく、マジで実在してやがったのかよ。しかも、こんな……その辺にいる兄ちゃん姉ちゃんみてぇな普通そうなやつらが」
海神のシンでさえ、声のトーンを落として動揺するほどの肩書き。
だが、シンの言う通りだ。
直感が、俺の脳内に激しいアラートを鳴らし続けている。
元気すぎるクラファスからは、彼が呼吸をするたびに、周囲の空気が極小の刃となって微かに振動するような気配が。
気怠そうなリリアノートからは、目に見えない鋼の糸のような、首筋を撫でられるような鋭い殺気が、周囲を威嚇するように漂っている。
彼らがその気になれば、この砦の防衛網を数秒で半壊させるだけの力が確実にある。
「騒がしくてごめんね。うちの暗殺者たち、腕だけは確かなんだけど、ちょっと変わり者でね」
狂気と殺気が渦巻く正門の入り口。
最後に歩み出てきたのは、夜の闇を溶かしたような艶やかな黒髪をなびかせる、褐色の美女だった。




