第89話:聖剣ソラスと聖剣エクス
飛竜による空からの劇的な合流を果たしたレイズたちとの、束の間の再会に浸った数日後。
ローディオが叩き起こした大陸中の歯車が、この最果ての魔境に向かって、確かな唸りを上げて噛み合い始めていた。
「おーい!! シン兄ィィィッ!!」
ドワーフ特製の分厚い黒鋼の門を、元気よく、そして常識外れの脚力で蹴り開けて入ってきたのは、見慣れぬ二人の少年だった。
一人は、底抜けに明るい瞳をした、まだ幼さの残る桜髪の少年。
もう一人は、その横でやれやれと疲れたようにため息をつく、クールで切れ長の目をした黒髪の少年。
彼らの足元や服の裾は、なぜか大量の海水を被ったようにびしょ濡れで、尋常ではない速度で長距離を強行軍してきた過酷な痕跡があった。
「おーう! リク! ショウ! ……お前ら、よくもまぁこんな最果てまで来れたな」
屋上から飛び降りてきたシンが、親戚のやんちゃな子供を見るような、どこか呆れた、しかし確かな慈愛の籠もった優しい目で二人を迎える。
「シン兄が呼んでるなら、海割ってでも来るに決まってんじゃん!! 途中、デカいモンスターが何体か通せんぼしてたけど、ショウと一緒に全部ぶっ飛ばしてきたぜ!」
リクと呼ばれた桜髪の少年が、この絶望に沈む魔境の空気を全く意に介さない、太陽のように眩しい笑顔で笑った。
「こいつが馬鹿みたいに後先考えずに真っ直ぐ突っ走るから、僕が尻拭いしながら引っ張ってきたんですよ。……本当に疲れる。ご無沙汰してます、シンさん」
ショウと呼ばれた黒髪の少年が、丁寧に、しかし毒づきながら冷静に一礼した。
「おいシン。知り合いか? ピクニックに来るような場所じゃねぇぞ」
俺が警戒と呆れを半分ずつ混ぜて問うと、シンはニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。
「ああ。こいつらはオーシャンから来た、生意気なガキどもだ。……だが、ただのガキじゃねぇ。『聖剣ソラス』と『聖剣エクス』の、適合者だよ」
「なっ……!?」
ソーが息を呑み、カリナが驚愕に目を見開いた。
俺も、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
聖剣ソラスと聖剣エクス。
それは、魔族の下位貴族ワーズによって完全に陥落し、地図から消え去った悲劇の国、グリンデル王国。
あの地獄から、先の戦いで辛うじて回収された、聖剣二振り。
それが、こんな、この戦いの重さや魔族の悪意すら知らないような、若すぎる二人に託されたというのか。
「シン……本気か? こいつら、まだ子供じゃねぇか。聖剣の重みに、耐えられるのか?」
レイズが、珍しく本気で顔をしかめて咎める。彼もまた、戦場の残酷さを嫌というほど知っているからこその言葉だった。
「俺もオーシャンのジジイ共に文句は言ったさ。だが、聖剣がこいつらを選んじまったんだ。血筋も身分も関係ねぇ、ただの孤児の二人に、な」
シンは皮袋の酒を煽りながら、静かに答えた。
「よろしくね、お兄さん! 俺、リク! こっちがショウ! 魔王だかなんだか知らないけど、俺たちが全員ぶっ飛ばしてやるからさ!」
リクが、俺に向かって満面の笑みで親指を立てた。
未来を少しも疑わない、純粋すぎる光。
自分が負けることなど微塵も想像していない、圧倒的な無知ゆえの強さ。
それが今の俺にはひどく眩しすぎて、直視できずに少しだけ目を細めた。
「……死ぬなよ、ガキども。俺の後ろに隠れてろ」
俺がぶっきらぼうに言い捨てると、リクは「えー! 俺も一番前で戦うよ!」と無邪気に頬を膨らませた。
だが。
その無邪気な光を、根本から飲み込み、周囲の空気を泥のように重くする重低音が、砦の外から地響きと共に響いてきた。




