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第86話:反逆の狼煙ー3

「嘘……城が、地面から生えてくる……」

 ジークが口を半開きにして、信じられないものを見るように見上げた。


 無理もない。数ヶ月、数年かけて国がかりで築くべき軍事要塞が、彼らの手にかかれば、まるで早送りの映像を見ているかのような異常な速度で組み上がっていくのだ。


「すげぇな……あれがロムダース王国の『超圧縮錬成』か。魔法ってより、もはや物理法則に対する暴力だな」

 シンも呆れたように目を見張りながら、彼らの作業の邪魔にならないよう、俺たちを後方へと下がらせた。


「おい、そこの水使いのにいちゃん! 口開けて見物してねぇで少し手伝え!」

 凄まじい作業音の合間に、親方がシンに向かって怒鳴る。


「魔力炉の冷却水路を掘る! 不純物のねぇ純度の高い水を、死ぬほど流し込んでくれ!」


「おう、任せな! 海神の波、極上の冷却水にして流し込んでやるよ!」

 シンが笑いながら両手を天に掲げる。青く澄んだ超高圧の水流が、ドワーフたちが素早く組み上げた複雑な水路へと勢いよく流し込まれる。


 ジュゥゥゥゥッ!!という凄まじい水蒸気が立ち上り、砦の心臓部となる巨大な魔力炉が、安定して脈打ち始める。


「そこの黒髪の剣士のにいちゃん! お前さん、火の魔法とか使えるか!」

 今度は俺に声がかかる。


「お、俺が使えます!」

 ジークが自分も手伝いますと言わんばかりに名乗り出た。

「そうか!頼むぞ小僧!」


 「はい!」

 ジークは少しずつヒナワの火炎を撃ち込んだ。


 ゴォォォ!!

 調整された極大の火炎が炉心に吸い込まれる。その瞬間、砦全体に血管のように張り巡らされた魔力ラインが、一斉に青白い光を帯びて脈動を始めた。


「ガッハッハ! 極上の出力だ! こりゃあ百年は保つ炉になるぜ!」


 俺たちとドワーフ。

 出会って数分。気の利いた自己紹介すらない。だが、目的は完全に一致していた。


 来たる絶望を迎え撃つための、死地における最前線の城を創り上げること。


 たった数日。

 本当に、わずか三日と少しの出来事だった。


 見渡す限りの荒野だった魔境の入り口。

 千年前の転生者達が命を懸けて閉ざした、封印を、覚悟を、祈りを無駄にしない。


 魔法を完全に弾き、物理的な衝撃を吸収するドワーフ特製の特殊加工が施された、高さ三十メートルを超える強固な黒鋼の防壁。


 四方の全方位を遥か彼方まで監視できる、高層の見張り塔。

 壁面にずらりと並んだ無数の大質量バリスタと、自動迎撃用の魔力砲台。


 そして、砦全体を半球状に覆う、物理と魔法の双方を遮断する多重結界。

 常識を、世界の理を完全に嘲笑うかのような圧倒的な速度で組み上がったそれは、もはや「砦」という枠を超えた、一個の『対魔族用絶対防衛都市』だった。


「……完成だ」

 全身を煤と泥だらけにした親方が、巨大な城壁の頂上から眼下の荒野を見下ろして、額の汗を乱暴に拭った。


「上出来だろ。これなら、何万のバケモノが湧こうが、各国の本隊が到着するまでの一ヶ月……いや、三ヶ月は持ちこたえてみせるぜ」


 親方の言葉に、他の四人のドワーフたちも、疲労困憊でその場にへたり込みながら、誇らしげに親指を立てた。


 俺は、その冷たくも頼もしい黒鋼の城壁をそっと撫でた。

「ああ。最高の仕事だ、親方」


 俺の言葉に、親方はニカッと歯を見せて笑った。

「これで防波堤は出来た。俺たち建築屋の仕事はここまでだ。あとは、お前ら戦士連中が、どれだけここで命を張れるかだ。……俺たちは城の修復と、大砲の弾込めに回る」


 嵐の前の静けさ。

 俺は防壁の上から、眼下に広がる分厚い瘴気の海を睨み据えた。


 底から響く地鳴りは、日を追うごとに大きく、そして凶悪に育っている。

 腰のムラマサが、これから訪れる圧倒的な死の気配に呼応するように、微かに、だがハッキリとカタカタと鳴った。


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