第85話:反逆の狼煙ー2
「……なるほどな。こりゃあ、あのふざけたローディオが顔色を変えて急ぐわけだ」
顔に火傷の痕があるリーダー格のドワーフが、足元の赤茶けた土をひとつまみ拾い上げ、舌先で舐めた。
ペッ、と唾を吐き捨てる。
「ただのモンスターの巣じゃねぇ。世界の理から外れた、異次元のヘドロが下で煮えたぎってる匂いがしやがる。……おい、お前ら」
彼の鋭い視線が、俺とシン、そしてジークを射抜いた。
「俺たちがここへ来る前、ここで何があった。こんな馬鹿げた瘴気、自然発生するものじゃねぇ。何かが世界をこじ開けようとしてやがる」
「……ここが魔族復活の地だ」
俺は、眼前の大穴をしゃくった。
「あの中に、魔族が湧き出してくる大穴扉がある。千年前に俺の同郷の人間が命と引き換えに閉じた蓋だが、もう限界だ。いつ底が抜けてもおかしくない」
「ここが、封魔戦争のか」
ドワーフたちの目が驚愕に見開かれた。
「千年も前の封印が解けかけてるってのか。……おい親方! こりゃあ急がねぇと、俺たちが砦を組む前に床が抜けちまうぞ!」
若いドワーフが、ハンマーを握る手を震わせながら叫んだ。
リーダー格の男は短く頷き、仲間たちを振り返った。
「野郎ども。酔いを冷ませ」
その一言で、場の空気が完全に一変した。
文句を垂れていたただの呑兵衛の顔が、一瞬にして冷徹で誇り高い職人の顔に切り替わったのだ。
彼らの瞳に宿る鋭い光は、一流の剣士が名刀を抜いた時のそれ、いや、それ以上の凄みがあった。
「にいちゃん達、そこどいてな。巻き込まれて平べったくなりたくなきゃな」
親方と呼ばれたリーダーが、分厚い両手をパンッ!と打ち鳴らした。
そこからの光景は、魔法という生易しい言葉で表現できるものではなかった。
もはや、暴力的なまでの技術の顕現。
神々の箱庭造りを目の当たりにしているかのようだった。
「――図面展開。地形把握、座標固定」
親方の目が青白く発光し、何もない空中に、光の線で描かれた巨大な要塞の立体図面が展開された。
それは、ただの防壁ではない。魔族の侵攻ルートを完全に計算し尽くした、殺戮の機能美を備えた絶対防衛ラインだった。
「資材がねぇぞ! 木も鉄も、こんな瘴気まみれのドブ泥更地じゃ調達できねぇ!」
ハンマーを構えた若いドワーフが怒鳴る。だが、リーダーの親方は、その太い腕を横に振った。
「馬鹿野郎、足元をよく見ろ! この魔境の土にはな、千年分もの魔族どもの瘴気、それに極上の封印の魔力がたっぷり染み込んでる。鍛え上げりゃあ、下手なミスリルより硬い『黒鋼』になるぞ! 根こそぎ引っこ抜いて精製しろ!」
「おうさッ!! 地脈接続! 岩盤抽出、開始ィ!!」
五人のドワーフがそれぞれ巨大なハンマーを振り上げ、一定の呪術的なリズムで大地を叩き始めた。
ズゴォォォォォンッ!!
彼らが大地に独自のルーンを刻んだ瞬間。
魔境の荒れ果てた大地が、まるで意思を持った巨大な生き物のようにうねり始めた。
数十メートル四方の強固な岩盤が、まるで柔らかいケーキを糸で切り分けるかのように正確なブロック状にスライスされ、重力を完全に無視して空中に浮かび上がる。
それだけではない。
親方が両手をかざして呪文を咆哮すると、魔境の赤土に染み込んでいた鉄分が、巨大な砂鉄の竜巻となって空中に抽出された。それは彼らの放つ超高温の魔力炎によって一瞬にしてドロドロの液体金属へと溶かされ、瞬く間に成型されていく。
「基礎杭、錬成完了! 打ち込みィ!!」
「合わせろッ!!」
ドスゥゥゥゥンッ!!
空中で精製された直径数メートル、長さ数十メートルの巨大な鋼鉄の杭が、五人の振るう魔法の槌の動きに連動し、地中深くまで寸分の狂いもなく打ち込まれていく。
その衝撃で、谷底全体に局地的な地震が何度も巻き起こる。だが、職人たちの足元だけは、まるで大地と一体化しているかのように決してブレない。
五人の上級職人。
彼らには、前線で最上位貴族と斬り合うような、冒険者としての直接的な戦闘力はないのだろう。
だが、『無から有を造り出す』こと。空間を支配し、ここまでの速度で要塞を構築することにかけては、間違いなく神の領域に足を踏み入れていた。




