第83話:千年の想いー3
「そん時はぶっ殺すだけだ。……行くぞ、ラナ!!」
『 全部乗せだね!相棒! 任せて!』
胸の奥でラナの意思が爆発する。
俺は、今持っている全ての『武装』を同時に解放した。
「武装化――」
深緑のベルトが脈打ち、神王獣『ヤマタノオロチ』が重厚な腰防具へと変形。俺の身体が物理的な輪郭を失うほどにブレ、八人の俺が実体化する。
右腕から左腕にかけて『クリスタルワイバーン』の結晶装甲。
左腕には『アークサーペント』の紫電を纏った巨大クナイ。
背中には『黒竜』の羽が、衝撃に備えるアンカーとして地面に深く突き刺さる。
そして神王獣ラナの『全能力二十倍』が乗る。
「シン! ジーク! 後先考えるな、全部撃て!!」
「おうよ! 海神の怒り、天まで届け――!!」
シンが槍を掲げ、湖一つ分の質量を持つ超高圧水球を練り上げる。
「もう……どうにでもなれぇぇぇッ!!」
ジークがヒナワの銃口を空に向け、魔力回路が焼き切れる寸前までエネルギーを圧縮する。
「撃てぇぇぇッ!!!」
刹那。
ドゴォォォォォォォォォンッ!!!!!
三つの極大エネルギーが交差し、一つに束ねられ、天を穿つ光の柱となった。
瘴気の雲を根こそぎ消し飛ばし、宇宙の果てまで届くのではないかというほどの、馬鹿げた輝き。
それは星の命を削るほどの狼煙。
数秒の静寂。
光の残滓が舞い散る中、俺たちの背後の空間が、ガラスが砕けるような音を立てて『割れた』。
「――ばっか野郎がァァァッ!!!!」
空間の裂け目から、鼓膜を破らんとする怒号。
そして。
ドグシャァァァッ!!
「ぐあぁッ!?」
俺の後頭部に、一切の慈悲もない鉄拳がめり込んだ。
咄嗟に出したクリスタルワイバーンの魔法防壁が飴細工のように砕け散り、俺は地面に顔面から叩きつけられた。
「……い、ってぇ……」
見上げると、そこには不機嫌そうに無精髭をかきむしる、大柄な男。
ウルシア王国最強の聖騎士、ローディオが、呆れたように俺を見下ろしていた。
「んなもんぶっ放して、星でも割ろうってのかぁ、小僧!! ……で? 俺になんか用でもあんのか?」
血の滲む口元を拭い、俺は会心の笑みを浮かべて言った。
「……待ってたぜ、ローディオのオッサン。伝言だ。ここが魔族封印の地だ。――大陸中のバケモノどもに、集合をかけてくれ」
俺の言葉が、重苦しい瘴気の底に響き渡る。
その瞬間だった。
ローディオの目が、すっと細められた。
先程までの、酔っ払いを叩き起こされたような粗暴な怒気が、フッと消え去る。空間の温度が、物理的に数度下がったような錯覚。
無精髭のオッサンの顔が、瞬時に『人類最強の聖騎士』のそれに切り替わったのだ。
「……ほう」
短い一瞥。
ローディオの鋭い視線が、俺たちを通り越し、背後にそびえる三鍛冶の墓所――そのさらに奥、地中深くで脈打つ千年の封印の方角へと向けられた。
足元の東の果てから漏れ出す、千年前の封印を突き破らんとする底知れぬ瘴気。そして、今まさに決壊しようとしている異次元の圧力。
それを、彼ほどの男が感知できないはずがなかった。
「……なるほどな。テメェらが、ここから動けねぇわけだ」
ローディオは、忌々しげに太い首をボキボキと鳴らした。
その何気ない動作だけで、周囲の大気が震える。横にいたジークが、その無意識に漏れ出す覇気にあてられ、膝から崩れ落ちそうになるのを必死に堪えていた。
「大将……こいつは、マジのバケモノだな。俺の海神の魔力すら、こいつの放つプレッシャーの前じゃ水たまりに思えてきやがる」
シンが、冷や汗を流しながらも、どこか嬉しそうに口元を歪める。
「……仕方ねぇな。今回だけだぞ、小僧」
ローディオは、乱暴に頭を掻きむしりながら、深いため息を吐いた。
「オレもなぁ、魔族の復活だの、国の危機だのって面倒くせぇことに、いちいち時間を割いてられるほど、暇じゃあねぇんだよ」
その言葉に、俺は思わず眉をひそめた。
この期に及んで、魔族の復活よりも重い事案を抱えているというのか。単なる強がりか、それとも人類最強の男の眼には、魔王軍すら『面倒事の一つ』に過ぎないのか。
だが。
「ま、よくやった坊主。魔族復活の地を見つけただけでも、特大の表彰もんだ」
ローディオは、踵を返し、自らが殴り開けた空間の裂け目へと向かって歩き出した。
背中越しに、ひらひらと無造作に右手を振る。
その背中の、なんと圧倒的に頼もしいことか。
人類が何千年と積み上げてきた『強さ』という概念の、一つの到達点がそこにあった。
「……あとは、大人の仕事だ。お前らはそこで、大人しく五分だけ待ってろ」
空間の裂け目に足を踏み入れ、彼の姿が闇に溶けていく。
最後に、ローディオは肩越しにこちらを振り返り、ニヤリと凶悪に嗤った。
「大陸中の『最強』どもを、全員ここにぶっ叩き出してきてやる」
その言葉を置き土産に。
パリンッ!とガラスが修復されるような音と共に、ローディオの姿は空間の彼方へと完全に消え去った。
後には、沈黙だけが残された。
「……行っちまった。嵐みてぇなオッサンだな」
シンが、緊張の糸が切れたように座り込み、皮袋の酒を煽る。
「ご、五分って……本当に五分で、各国の戦力が集まるんですか……? そんなの、物理的に……」
ジークが、まだ震えの止まらない足で立ち上がりながら呟く。
「あのオッサンの言うことだ。五分と言えば五分だろ。……武器の手入れをしとけ、お前ら」
俺は立ち上がり、ひんやりと冷たい魔剣ムラマサの柄を握り直した。
見上げれば、俺たちの放った極大の魔力の余波で、分厚い雲が円形に吹き飛んでいる。
だが、その隙間を埋めるように、再びドス黒い瘴気が谷底から這い上がってきていた。
ヒュゥゥゥゥ……。
風が鳴る。
いや、これは風じゃない。大穴の底から響く、魔族たちの『産声』だ。
足元の岩盤が、微かに、だが確実に震え始めている。
千年前の転移者が命を懸けて閉ざした千年の封印が、中からの圧倒的な圧力によってミシミシと悲鳴を上げているのだ。
嵐が、来る。
終わりのない唄の果て。
千年もの間、暗闇の底で憎悪を煮詰めてきた魔族と。
それに抗い、理不尽に立ち向かおうとする人類の。
本当の意味での、絶望の総力戦の幕が――今、この最果ての地で切って落とされた。




