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第80話:シンの話ー2

 夜。


 湖を渡りきり、霧の晴れた対岸で焚き火を囲んでいた。

 ジークは疲れ果てて先に眠りにつき、火の前には俺とシンの二人だけが残った。


 薪の爆ぜる音だけが響く中、俺は口を開いた。

「……あの水底に映ってた奴ら。あれは、魔族じゃないな」


 シンは火の上で揺れる酒の袋を見つめ、静かに息を吐いた。

「俺の生まれた場所の話だ。……海をずっと越えた先。ここらとは少し理が違う土地でな。……ある日、理不尽が上から降ってきたんだ」


 上から?


 俺は黙って続きを待つ。


「地面から湧く魔族とは違う。もっと高く、手の届かねぇ場所からだ。そいつらは時間をかけて、ゆっくりと、確実に俺たちの故郷を食い荒らした。そいつらの正体は――」


 その瞬間だった。

 シンの顔が苦痛に歪み、喉を掻きむしるように押さえた。首元から青白い光が漏れ出し、複雑な波の紋様が肌に浮かび上がっては、彼から言葉を奪っていく。


「……ぐっ、が……ッ!」


「シン!? おい!」


「……心配すんな。こいつは『海との契約』の代償だ。……いや、呪いって言った方が正しいか」

 紋様の光がゆっくりと収まり、シンは深く息を吸い込んだ。


「あの日、故郷を滅ぼした連中の『真実』を口にしようとすると、こうして首が締まるように縛られてるんだ」

 誰にも言えない真実を抱えたまま、彼は海を渡ってきたのか。


「だから、俺が言えるのはこれだけだ」

 シンは、俺の目を真っ直ぐに見据えた。


「故郷を滅ぼした奴らは、異常だった。俺たちの知る剣も魔法も通用しねぇ、反則みてぇな力……。大将。お前が使うそのデタラメな力と、どこか同じ波を感じたよ」


 俺は息を呑んだ。


 同じ波。世界の理から外れた力。


『……相棒。シンさんの言ってること、よくわかんないけど……なんか、すごく重たいね』


(ああ……)


 俺は己の手のひらを見つめた。

 死骸の記憶を読み取り、その性質を装甲として纏い、異形の力を振るう俺の武装化。確かに、この世界に生きる純粋な人間からすれば、得体の知れない異端の力だろう。


 俺の異常な戦い方が、シンにあの侵略者の理不尽な絶望を思い出させていたなんてな。


 俺が重い沈黙に沈んでいると、シンは皮袋の酒を煽り、自嘲気味に笑った。

「抵抗しなかったわけじゃねぇ。国中の宝や、言い伝えの武具を引っ張り出してまで抗った。でも、無駄だった。……俺は、逃げた。仲間を見捨てて、波を操って一人だけ海を渡った。……俺は生き残りなんかじゃねぇ。ただの、卑怯な逃亡者さ」


 それが、海神と呼ばれる男の背負う十字架。


「だからよ、大将。故郷を滅ぼした連中と同じような、理外の力を持ってるお前が……自分の身を削って、仲間のために戦ってる姿を見てると。情けねぇ俺自身を突きつけられてるみたいで、反吐が出そうになるんだわ」


 その言葉はきつかったが、シンの顔は、どこか晴れやかでもあった。

「……でも同時に、救われてもいる。お前みたいな不器用な奴が、同じ側にいてくれてよかったってな。――いずれ魔王との戦いが終わったとき、あんたのその力の『行き着く先』が見れるかもしれねぇな」


 シンは俺の肩をポンと叩くと、自分の寝床へと歩いていった。

「俺の話はこれでおしまいだ。……さっさと寝ろ。明日は忙しくなるぞ」


 一人残された焚き火の音を聞きながら、俺は再び己の両手を見つめた。

 シンを絶望させた、彼方から降ってきたという異形たち。


 俺の力と同じ匂いがする、得体の知れない存在。……考えたところで、今の俺には見当もつかない。ただの不気味な昔話だ。


『……相棒。何があっても、あたしはあんたの味方だからね。もし世界中があんたの力を気味悪がっても、あたしだけはあんたの盾になるよ』


「……ありがとうよ、相棒」

 ラナの言葉に、少しだけ凍りついた心が溶けるのを感じた。


 後悔は消せない。過去の過ちを変えることだって、俺にはたった五秒が限界だ。

 それでも、隣には背負った過去と共に前を向く大人がいて、胸の中には俺を信じ抜く相棒がいる。


「……明日だな」

 俺は火に薪をくべ、静かに目を閉じた。

 霧の向こうにある、三鍛冶の墓所。

 そこで待っているのは、ただの答えか、それとも新たな地獄か。

 今の俺たちなら、その未来を切り開ける気がしていた。

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