第74話:優しさの力ー1
魔族封印の地を探す道中、俺たちは奇妙な地形に差し掛かった。
森が突然、えぐり取られたように消滅している。
大地がすり鉢状に凹み、直径数キロにも及ぶ巨大なクレーターを形成していた。
縁に立つと、乾いた熱風が下から吹き上げてくる。
「……なんだここ。隕石でも落ちたのか?」
俺がクレーターの底を見下ろしながら呟くと、シンの目がスッと細められた。
「いや……自然の波じゃねぇ。
この土地の底で、古い魔力がずっと燻ってやがる。火傷しそうなくらい、濃くて重い波だ」
その言葉に、ジークがハッとして持っていた地図と周囲の地形を交互に見比べた。
そして、顔からさぁっと血の気を引かせる。
「……ここ、カグツチの谷だ」
「カグツチ?」
「千年前の、封魔戦争の激戦地と言われる場所……。
魔族の大軍勢を食い止めるために、ヒナワの適合者が……ヒナワを、放ったと言われてる場所、本当にあったんだ…」
ジークの視線が、自分の腕の中に落ちる。
黒く細長い筒。アーティファクト・ヒナワ。
彼が今、大切に抱え込んでいるその兵器が――千年前に、この大地を丸ごと消し飛ばした。
「ヒナワの、爪痕……」
ジークの手が、カタカタと震え始めた。
『……相棒。これ、ちょっとキツいかもね』
胸元のラナが、心配そうに囁く。
(ああ。……自分が持ってる武器が、どれだけイカれた威力の破壊兵器か、嫌でも可視化されちまった)
クレーターの底には、ぽつぽつと小さな家屋が見えた。
こんな荒れ地でも、人が住んでいる。
「……降りてみよう。魔族の気配が混じってるかもしれねぇ」
シンを先頭に、俺たちは斜面を下り、その村へと足を踏み入れた。
◆
村の空気は、王都のそれとは全く違っていた。
地面には常にうっすらと熱があり、村人たちの顔には深い疲労が刻まれている。
村長らしき老人に話を聞くと、ここは「ヒナワの残り火」に苦しめられ続けている村だった。
「千年前のあの一撃は、確かに魔族の大軍勢を焼き尽くしました。
ですが……この地に染み付いた強大な魔力は、時折『炎の魔獣』となって形を成し、我々を襲うのです」
老人は、乾いた咳をしながら語った。
「我々は罪人の末裔。あの時魔族を倒すため、逃げ遅れた者を無視して勇者様に撃たせた……その罰として、この地で炎を鎮め続ける運命なのです」
ジークが、息を呑んだ。
彼の腕の中で、ヒナワがまるで呪いの塊のように重く見えたのだろう。
「ぼ、僕の……僕が持っているこれが……」
ジークはヒナワを地面に置きそうになり、慌てて抱き直す。
その目は完全に怯えていた。
引き金を引けば、また国が一つ消える。誰かの生活を永遠に奪う。
その巨大な責任感が、心優しい第三王子の細い肩を押し潰そうとしていた。
その夜。
村はずれの焚き火の前で、ジークは膝を抱えて丸くなっていた。
「……ボク、撃てないかもしれない」
ぽつりと、消え入りそうな声でジークが言う。
「あの大地を見ただろ……?
もし、ボクが撃つ方向を少しでも間違えたら。もし、威力を抑えきれなかったら。
魔族を倒せても、またこんな悲しい場所を作ってしまう……」
俺はなんと声をかけていいか分からず、ただ黙って火を見ていた。
俺の「武装化」は自分の身体の延長だ。だが、ヒナワは違う。圧倒的な「外部の暴力」だ。
すると、シンが酒の入った皮袋を揺らしながら、ジークの隣にどかっと腰を下ろした。
「怖いか、兄弟」
「……怖いです。僕には、こんなものを持つ勇気が……」
「バカ言え。お前が持たなきゃ、誰が持つんだ」
シンは夜空を見上げた。
「武器は人を殺すし、街も吹き飛ばす。
だがな、武器そのものに意志はねぇ。どう使うかは、持ち主の“心”が決めるんだ」
「心……」
「千年前の奴は、全部を焼き尽くすつもりで撃った。だからああなった。
……じゃあ、お前はどうだ?」
シンは、ジークの瞳を真っ直ぐに見た。
「お前の波は、優しい。優しすぎるくらいにな。
その波で撃つヒナワが、千年前と同じ結果になるわけがねぇだろ」
ジークが、ハッと顔を上げる。
その時だった。
ゴオォォォォッ……!!
村の中心から、空気を焦がすような咆哮が上がった。




