第75話:優しさの力ー2
地面の亀裂から吹き出した赤い魔力が、渦を巻きながら巨大な獣の形を成していく。
「ヒナワの残り火……炎の魔獣か!」
俺は即座に立ち上がり、村へ向けて駆け出した。
シンも舌打ちをして後に続く。
ジークは――足がすくみ、ヒナワを抱えたまま立ち上がれずにいた。
◆
村の中央広場。
四足歩行の、炎でできた巨大な獅子が、家屋に向かって前足を振り上げていた。
「させるか!」
俺はクリスタルワイバーンの指輪を光らせた。
右手に結晶の手甲が顕現し、そのまま前方に絶対防壁を展開する。
ガァンッ!!
炎の爪が防壁に直撃し、灼熱の火の粉が周囲に散る。
熱い。ただの魔獣じゃない。千年前のアーティファクトの残滓、その魔力の純度が高すぎる。
「大将! コイツ、水魔法じゃ相殺しきれねぇ! 根源の熱量がおかしいぞ!」
シンの放った激流の魔法が、魔獣に触れた瞬間に蒸発していく。
俺は防壁を支えながら、後ろを振り向いた。
「ジーク!!」
村の入り口で、ジークがヒナワを構えようとして、手が震えて止まっていた。
「だ、だめだ……!
ここで撃ったら、村が……村の人たちが巻き込まれる……!」
魔獣の背後には、逃げ遅れた村人たちが身を寄せ合っている。
広範囲を焼き尽くすヒナワを撃てば、魔獣ごと村を消し飛ばしてしまう。その恐怖が、ジークの指を完全にロックしていた。
「ジーク! 撃て!!」
俺は防壁にヒビが入るのをクリスタルワイバーンの魔力で無理やり抑え込みながら、喉が裂けるほど叫んだ。
「お前の炎は、誰も焼かない!!
俺が保証する! だから、信じて撃て!!」
『相棒を信じて〜、ジーク〜』
ラナの声が、俺の身体の中でもどかしそうに鳴く。
「シン!!」
「おうよ!!」
シンが海神の波を操作し、魔獣の周囲に水球の檻を形成する。
一瞬だけ、魔獣の動きが止まった。
「ジーク!! お前は何を守りたいんだ!!」
俺の怒鳴り声に、ジークの肩がビクッと跳ねた。
――お前の波は、優しい。
シンの言葉が、ジークの頭をよぎる。
(……僕は、国を壊したいわけじゃない)
ジークの呼吸が、ふっと静まった。
震えが止まる。
彼の中で、明確な「イメージ」が組み上がっていく。
(広げない。爆発させない。
ただ一点。……魔獣の核だけを射抜く、あの時よりももっともっと細い、光の針……!)
ジークはヒナワを構え直した。
銃身の奥で、暴れ狂おうとする膨大な火炎の魔力を、王族としての強靭な精神力で無理やりねじ伏せ、圧縮、圧縮、さらに圧縮していく。
「極限圧縮――」
黒い筒の先端に、米粒ほどの小さな、だが太陽のように白く輝く熱源が生まれた。
ジークの目が、完全に“狙撃手”のそれに変わる。
「――がぁ!!」
引き金が引かれた。
轟音は、無かった。
チィィィィンッ――。
空気を細い糸で切り裂くような、甲高い音だけが響いた。
ヒナワの銃口から放たれたのは、爆炎ではない。
直径わずか数ミリほどの、極限まで圧縮された「炎のレーザー」だった。
光の針は、俺の防壁の真横をすり抜け、魔獣の眉間――魔力の核を、正確無比に貫いた。
魔獣の動きが、ピタリと止まる。
そして、周囲に一ミリの炎も撒き散らすことなく、内側からプツンと音を立てて消滅した。
爆発も、延焼もゼロ。
一点狙撃による、まさに完全暗殺。
「……はぁ、はぁっ……」
ジークがその場にへたり込む。
銃身からは、細い煙がひとすじ上がっているだけだった。
◆
村に、静寂が戻った。
家は一つも燃えていない。
村人たちは誰も傷ついていない。
村長が、震える足でジークに駆け寄り、その場に手をついた。
「あ、ありがとうございます……!
ヒナワの炎が、我々を……守ってくれた……!」
ジークは、へたり込んだまま、自分の手の中のヒナワを見た。
破壊の象徴。呪いの兵器。
だが今、それは確かに、人の命を繋ぐための「希望」として機能したのだ。
俺とシンが歩み寄る。
俺はジークの頭を、乱暴にわしゃわしゃと撫で回した。
「よくやった。最高の射撃だったぞ、兄弟!」
「……僕、できた……。誰も、巻き込まなかった……!」
ジークの目から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれる。
それは恐怖の涙じゃなく、呪縛から解き放たれた安堵の涙だった。
シンが、ニカッと笑ってジークの背中をバンと叩く。
「な? 言っただろ。
お前の波は、千年前の勇者とは違う。お前のヒナワは、最高に優しくて、最高にえげつねぇ兵器だ」
『やるじゃん、後輩!』
ラナも胸元で嬉しそうにはしゃいでいる。
ジークは涙を袖で拭い、ヒナワをしっかりと胸に抱き直した。
もう、その腕は震えていない。
「……はい。俺、もう迷いません。
この力で……絶対に、みんなを守ります」
千年の爪痕が残る谷底で、一つのアーティファクトが、ついに本当の主を得た瞬間だった。
俺たちは村人たちに見送られながら、再び斜面を登り、オーシャン側への道へと戻る。
空は晴れていた。
ここから先、魔族の封印地がどこにあろうと。
俺たちのパーティーには、最強の盾と、最強の波と――
誰よりも優しい、最強の狙撃手がいる。




