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第68話:竜の名を冠する所以

飛竜でシルアを発ち、数日。

 ウルシアへ近づくにつれ、どうにも空気がきな臭い。


 巡回兵の数が異常だ。街道の旗も、物資を運ぶ馬車も、すべてが戦時下の動きをしている。


「……なにかあったようですね」

 ギリーエが、冷たく呟いた。


「なにかって、まさか」

 ジークの顔が強張る。


 王都が見えた時、確信に変わった。

 昼間から魔法灯が焚かれ、城壁には黒山の人影。

 門をくぐった途端、数日寝ていないであろうギルドの伝令が、血相を変えて駆け寄ってきた。


「戻られましたか……!! すぐ、王城へ……!」


「何があったのです」

 ギリーエが鋭く問う。


 伝令の喉が、ヒュッと鳴った。

「……軍事国家カエサルが、襲撃を受けました」


 俺の足が、ピタリと止まる。


 ジークは言葉を失い、青ざめている。


「魔族か」


「はい。上位貴族一体、下位貴族一体――それに無数の魔族の軍勢が……!」


 目の前が、一瞬グラリと揺れた。


「上位貴族……」

『上位って……ワーズよりも上の……!?』

 ラナの声が震える。


 カエサルには、ウォールがいる。レイズとミストも帰還しているはずだ。


 だが、上位貴族という単語が、かつてのワーズの圧倒的な絶望を俺の脳内に引きずり出す。


 俺の指が、無意識に腰のヤマタノオロチのバックルに触れる。

 守る力は得た。だが、間に合わなければ何の意味もない。


 王城の謁見の間は、葬式のような静けさに包まれていた。

 玉座の王と重臣たちの顔には、濃い疲労の色。

 ソーがいる。カリナもいる。生きている。

 胸を撫で下ろした直後、報告役の将校が一歩前へ出た。


「カエサル襲撃は――撃退されました」

 俺は息を止める。


「被害は――」

 将校が、言い切った。

「犠牲者、ゼロ。

 ウォール殿、レイズ殿、ミスト殿の三名が中心となり、敵を完全殲滅。上位貴族、下位貴族ともに討ち取り。残党も掃討完了しております」


 ……ゼロ。


 理解するのに、数秒かかった。

 次に来たのは安堵ではない。俺の口から漏れたのは、呆れ果てた乾いた笑いだった。


「……あいつら、ほんと化け物だな」

 場違いだと分かっていたが、止められなかった。

 レイズの不敵な笑み。ミストの静かな殺意。そして、ウォールの圧倒的な背中。あいつらは、俺の心配なんて必要ない次元で戦っている。


 だが、玉座の王の声は低く、重かった。

「喜べぬ報告だ。魔族の上位陣が動き出した。奴らは、確実に増えている」


 重臣が、巨大なイーリス大陸の図面を広げた。

「伝承によれば、魔族が湧き出す封印の地は一箇所。そこを抑えねば、無尽蔵の復活は止まらぬ」


 俺は、理解した。

 この静けさの正体。これは、ただの嵐の前の静けさだ。


 ここから先、これまでの戦いはすべて『前座』になる。


 最強の人間たちも、魔剣も、聖剣も、アーティファクトも。すべてが、その一点に向かって収束していく。


 王の鋭い視線が、俺を真っ直ぐに射抜いた。

「帰還、ご苦労だった。……そして、次の戦の前に、貴殿に頼みたいことがある」


 俺は短く頷き、膝をついた。


「命令を」


「貴殿には――魔族封印の地を、特定してもらいたいのだ」


「仰せのままに」


 その瞬間、胸元でラナが小さく囁いた。

『相棒。……無理しないでね』

(ありがとな)


 俺は、ゆっくりと長く息を吐いた。

 死地から帰ってきた。そして帰ってきたからこそ、確信した。


 何も、終わっていない。

 むしろ――ここからが、本当の地獄の始まりだ。

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