第62話:アーティファクト・センシャ
祈りの匂いが濃い、聖樹の根元。
そこに――ライーオは、ただ立っていた。
大きい。無駄が削ぎ落とされた、純度の高い強者の骨格。
背には白く滑らかな巨大な弓。腰には淡く緑に透ける短剣。
目が、こちらを捉えた。
――撃たれた。
そう錯覚した。矢はつがえられていない。だが、俺の眉間には既に致命の一撃が突き立っている。
怒鳴りもしない。感情もぶつけてこない。だからこそ、圧倒的に恐ろしい。
俺は一歩前に出て、頭を下げた。
「俺が……ルーナとレーオを死なせた」
ライーオは、返事をしない。
沈黙が、森の音をすべて押し潰していく。ジークが息を呑み、ギリーエは顔色一つ変えない。
やがて、ライーオの乾いた唇が動いた。
「……あの子たちは、受け取った」
それだけだ。
許すとも、許さないとも言わない。ただ、事実だけを口にした。
俺は、奥歯を噛み砕くほどの力で食いしばり、次を言う。
「魔族を止めるために、アーティファクトの情報が欲しい」
ライーオの目が、僅かに揺れた。
ほんの一瞬だけ見せた、“父親の顔”。だが、次の瞬間には完璧な“戦士の顔”に戻っていた。
「……『センシャ』のことか」
「センシャ?」
ライーオが、森の最奥へ視線を向ける。
「伝承にある。最強の防壁と、圧倒的破壊力を持つ移動型兵器。だが、誰も使い方を知らない」
その単語の響きに、俺の脳が勝手に一つの解を弾き出した。
(……戦車)
嫌な汗が、どっと背中を伝う。
ヒナワ。デザート&イーグル。コルト。……そして、戦車。
このファンタジーの世界に、鉄と油と火薬の塊が眠っている。
『……相棒、確信するの早かったね』
胸元でラナが小さく囁く。
「……ライーオ。それは、どこにある」
「森の最奥だ。……ただし」
ライーオは、腰の短剣の柄にそっと手を置いた。
「そこは――神王獣ヤマタノオロチの縄張りだ」
空気が、物理的な重さを持った気がした。
蛇。八つの首。
ただの伝承ではない。大陸の強さの頂点に君臨する、生きた神話。
「ヤマタノオロチは、森を“己の国”として扱っている。踏み入った者は、森ごと呑まれる。戻った者はいない」
「……も、戻った者が……いない……?」
ジークの顔から血の気が引く。
だが、彼はヒナワを抱える手を離さなかった。臆病でも、決して逃げない。
俺は、長く息を吐いた。
「……行くしかない」
ライーオの目が、俺を刺し貫く。
「お前は、何のために行く」
答えは、最初から決まっている。
「……あの二人の死を、無駄にしないためだ」
ライーオが、短剣の柄から手を離した。
怒りではない。“覚悟の確認”だった。
「なら――俺も行こう」
ギリーエが、静かに一歩前に出る。
「私は戦えません。ですが、盤面を読み、作戦と判断で命を繋ぐことはできます」
ジークも、震える手を小さく上げた。
「ぼ、僕も行く……。ヒナワは、僕が撃たなきゃ意味がないから……!」
ライーオは静かに頷いた。
「よし。四人だ」
俺は腰のムラマサの柄を握り直す。
ライーオが先頭に立ち、聖樹の弓が神聖な圧を放つ。
最後に、俺は森の闇を見た。
風が止まっている。鳥の声もない。森そのものが、こちらを品定めするように見下ろしている。
(……神王獣)
アーティファクト回収。そして、次の地獄を止めるため。
四人の足が、同時に死の禁域へと踏み込んだ。




