第63話:神王獣ヤマタノオロチー1
ライーオが先導する道は、もはや「道」ではなかった。
木々の根が、何かに怯えるように避けている。獣の足跡どころか、虫の羽音すら途絶えている。
そこが――太古から存在するという“禁域”の入り口だった。
「この奥に、アーティファクトがある」
ライーオが、振り返りもせずに言った。
「名は――『センシャ』」
「……センシャ」
ギリーエが、初めて聞く単語を舌の上で転がすように首を傾げる。
「それは、どういう意味を持つ兵器で?」
ライーオが淡々と答える。
「伝承では、“絶対防御”、“圧倒的破壊力”、そして“移動型の要塞”。あらゆる精神干渉も弾き返すとされる。……だが、誰も使えない。開け方が分からないからだ」
ジークが小さく身震いした。
「そ、それ……味方にできたら、絶対に死なないんじゃ……」
「だが、この森は――神王獣ヤマタノオロチの縄張りだ」
空気が、物理的な重さを持ってのしかかってきた。
森が、息を止めた。
俺の背中の皮膚が、総毛立つ。
「……ヤマタノオロチ」
「首が八つの巨大な蛇だ。頭一つずつが、理を外れた別の能力を持つ」
ライーオは、指を折りながら絶望の目録を読み上げる。
「炎、氷、雷、腐敗毒。ここまではいい。問題は残り四つだ。――周囲の『時間操作』、『未来視』、『重力操作』、そして『精神干渉』」
ジークの顔から、完全に血の気が引いた。
「む、無理……無理だよそんなの、勝てるわけない……!」
だが、ギリーエが一歩前へ出た。
声はどこまでも柔らかいのに、その奥にある芯は鋼より硬い。
「無理なら、無理なりの『勝ち筋』を作ります」
ギリーエの理知的な瞳が、俺を見た。
「そうですね。目的は討伐ではなく、あくまで回収。時間遅延と未来視がある以上、正面からの戦闘は悪手です」
「……先手を取り続け、敵に理解を追いつかせない」
俺が続けると、ギリーエは満足そうに微笑んだ。
「ええ。センシャを先に確保し、あの神王獣に“想定外”だけを押し付けます」
ライーオが、低く笑った。
「……戦えぬ王子にしては、恐ろしく良い目だ」
「私ができるのは、盤面を支配し、味方を勝たせることだけですから」
◆
禁域の深部。
木々が不自然になぎ倒され、大地が抉れた巨大なクレーターの中心に――『それ』はあった。
鉄の塊。
いや、鉄などという生易しいものではない。このファンタジーの世界に絶対に存在しない、してはならない、圧倒的な“工業製品”。
泥に埋もれた巨大な箱。砲塔。分厚い装甲。そして、履帯。
(……戦車だ)
俺は、思わず乾いた笑いを漏らした。
「いや、シンプルに戦車やん」
ジークが目を丸くする。
「え……? これが……完全無敵の兵器……?」
「これが“センシャ”。……あなた、見たことが?」
ギリーエが眉を上げる。
「まぁ、俺のいた世界じゃ、戦争の主役でな」
俺は泥を払い、無骨な鋼鉄の側面に手を当てた。
「……開け方、だいたい分かる」
ライーオが一瞬、目を細める。
「……異世界の知識か」
「そんな大げさなもんじゃない。」
指先が、上部のハッチの縁を捉えた。
息を止め、体重をかける。
ギギッ……と、重く鈍い金属音が鳴り、ハッチが動いた。
――その瞬間。
森が、咆哮を上げた。




