第61話:悲劇と歓喜の報告ー2
謁見の直後、中庭でレイズとミストが飛竜の鞍を整えていた。
「俺らは、カエサルに戻る」
レイズが笑う。だが、いつもの軽薄な笑みではない。肉食獣のような、飢えた目をしていた。
「向こうでも、魔族絡みのキナ臭い動きがあるらしい。……下位貴族ワーズだけで、この狂宴が終わるとは思えねぇからな」
ミストが、静かに俺を見る。
「情報は常に共有する。……次は、連携戦だ」
俺は無言で拳を突き出し、レイズとミストがそこに拳を合わせた。
言葉はいらない。同じ地獄を見た者同士の、絶対の信頼。
二騎の飛竜が空へ散っていくのを見送り、俺は深く息を吐いた。
数日後。
俺は、ギリーエとジークと共に、カエサルから借り受けた飛竜に乗って空を飛んでいた。
行き先は――エルフの国、シルア。
俺の足元には、厳重に布で包まれた「二つの小さな木箱」が置かれている。
中身は、ルーナとレーオ。
……正確には、ワーズの空間切断から辛うじて回収できた、彼らの『頭部だけ』だ。
物理的には、ひどく軽い。
だが、その箱は、俺の心臓を押し潰すほどに重かった。
ジークが、何度もその箱から視線を逸らしては、ヒナワを強く抱きしめている。
ギリーエは、正面を見据えたまま何も言わない。
俺も、口を閉ざす。
男は、こういう時、黙ってその重さを背負うしかないのだ。
森の境界線が近づいてくる。
俺たちはこれから、同族を奪われたと、この絶望を報告しに行かなければならない。
風が、薄く頬を削いでいく。
カエサルから借り受けた飛竜の背。高度が上がるほど、胃の奥に鉛が溜まっていくような錯覚を覚えた。
ジークは、ヒナワを抱えたまま一言も発さない。
いつもなら「帰りたい」と泣き言をこぼす顔だ。だが、言わない。今の彼には、その弱音すら許されない重みがある。
ギリーエは、いつも通り背筋が真っ直ぐだった。
剣も、鎧もない。だが、細身の身体には、嵐の中でも決してブレない“王の器質”だけが静かに纏われている。
「……シルアは、俺、一回行ってる」
口から出たのは、言い訳にもならない乾いた音だった。
「覚えています、ヒナワ回収の時ですよね」
ギリーエが、視線を前に向けたまま柔らかく頷いた。
「あなたが、長老の前で“驚かれた”話も」
……そうだ。あの時、長老は俺を見て、一瞬だけひどく懐かしいものを見る目をした。
だが、今回の訪問は、そんなノスタルジーで済むものじゃない。
謝罪。返還。そして――『情報』の要求。
死体蹴りよりタチが悪い、最悪の外交だ。
シルアの森が見えてきた。
木々の海。湖面の光。数千年の時を止めたような静寂。
飛竜が森の外縁に着地すると、同時に音もなくエルフの槍兵たちが現れた。
目は鋭い。殺気ではない。完全な“拒絶”だ。
ギリーエが、一歩前に出る。
声は決して張っていない。だが、その声は森の奥深くまで浸透するような奇妙な通り方をした。
「シルアの皆様。ウルシア王国第二王子、ギリーエ・ウルシアと申します。
本日は謝罪と、返還のため参りました。……我々に、剣を抜く意志は一切ありません」
エルフたちの穂先が、僅かに揺らいだ。
言葉の形が完璧なだけじゃない。そこに、絶対に嘘を吐かないという“熱”がある。
王城で燻っていた「外交の天才」。その名が伊達ではないと、この一瞬で証明された。
◆
長老の館。
数千年の時を飲み込んだような深い瞳が、俺たちを見据えていた。
一瞬、またあの“懐かしむ顔”が浮かびかけたが、長老はすぐにそれを厳格な鉄面皮で上書きした。
「……また来たか、人の子よ」
俺は、ルーナとレーオの遺品が入った箱を、冷たい床に置いた。
膝を折る。頭を、石の床に擦り付ける。
「……二人を、守れなかった」
声が、掠れた。
「俺は、あいつらに救われた。命を繋いでもらった。なのに……死なせてしまった」
喉が詰まる。謝罪の言葉なんて、どれだけ並べてもただの自己満足だ。
ギリーエが隣で、静かに膝をついた。
「父君と母君、そしてシルアの民へ。ウルシアとして、深くお詫び申し上げます。
同時に――彼らが世界を守るため戦い、命を賭したことに、最大の敬意を」
ジークも震える声で続く。
「ぼ、僕も……あの二人がいなければ、僕は……」
長老は、箱を見た。
そして、長く、重い息を吐いた。
「……返還と謝罪、確かに受け取ろう」
エルフたちが音もなく箱を運んでいく。
部屋に、冷たい空白が落ちた。
俺は、その空白を自ら切り裂いた。
「……もう一つ。アーティファクトの情報が欲しい」
空気が凍った。
長老の目が、刃のように細められる。
「欲しい、か。……相変わらず、己の業に正直な男だな」
ギリーエが、冷静に言葉を繋ぐ。
「魔族は国を壊し、命を弄びました。次を止めるために、守るための情報が必要です」
長老は沈黙し、やがて、ぽつりと答えた。
「……その話は、わしではない。ライーオに聞け」
視線が、森のさらに奥を指す。
「ルーナとレーオの、父だ」
背筋に、氷をねじ込まれたような悪寒が走った。
死なせた恩人の、父親。
「……会わせてくれるか」
「会わせる。……だが、覚悟しておけ」
長老の声には、明確な同情が混じっていた。
「謝罪は時として、刃のような残酷に人を切り裂く」




