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第60話:悲劇と歓喜の報告ー1

 王都の瓦礫の間を抜け、俺たちは飛竜の待つ外壁へと歩を進めた。

 勝った。戦局としては、間違いなく勝利だ。


 それでも――飛竜の背に跨る俺たちの間に、歓喜の空気は一ミリたりとも存在しなかった。


 眼下に広がるグリンデル王都は、もう『都市』ではない。


 魔族という純粋な悪意が蹂躙し、焼き尽くした“残骸の寄せ集め”だ。

 国としての機能も、歴史も、誇りも、二度と元には戻らない。


 飛び立つ直前、俺は一度だけ振り返った。

 王城の中心にぽっかりと空いた巨大な風穴。ワーズを空へ叩き出した、その物理的な痕跡。


 ――あそこで、ルーナは死んだ。

 ――レーオも、死んだ。


 胸の奥底を、遅効性の猛毒のように痛みが焼き焦がしていく。

 ジークは、ヒナワを抱きしめたまま俯いている。


 レイズは腕を組み、忌々しげに遠くの空を睨みつけ、ミストは目を閉じてただ静かに祈りを捧げていた。


 ソーは何も言わない。だが、彼の両手に握られた拳は、指の骨が白く透けるほどの力が込められていた。

「……帰ろう」


 俺の口から落ちた声は、自分でも驚くほど低く、ひどく乾いていた。

 誰も反対しない。飛竜が巨大な翼を打ち据え、死の都を背にする。


 この国は、終わった。

 だが――終わらせたままにはしない。


 その血を吐くような想いだけが、生き残った全員の背骨を貫いていた。


 ウルシア王国への帰還は、葬列のように静かだった。


 本来ならば、魔族下位貴族の討伐と、聖剣二振りの奪還は、歴史の教科書に太字で刻まれるほどの特大の戦果だ。


 だが、城門をくぐる俺たちの顔を見て、歓声を上げようとした民衆たちは静かに息を呑み、道を空けた。


 王城、謁見の間。


 玉座の前には、ウルシア王と重臣たち、そして騎士団や冒険者ギルドの上層部が顔を揃えていた。


 俺たちは、跪かない。

 それは王への無礼ではない。“地獄を生き抜いてきた者”としての、対等な報告の立ち位置だ。


 報告は、第4王子であるソーが行った。


 淡々と、正確に、己の感情を完璧に削ぎ落とした声で。


 魔族の襲来。上位陣の存在。ワーズとの死闘。そして、聖剣エクスとソラスの回収。

 だが、その報告の最後の一言が、謁見の間の空気を完全に凍りつかせた。


「――グリンデル王国は、事実上崩壊しました」


 ざわり、と。重臣たちが一斉に顔色を失う。

「王都は壊滅。生存者はごく僅か。……国としての再建は、不可能と判断します」


 ウルシア王は、しばらく何も言わなかった。

 深く刻まれたシワの奥で、その目がゆっくりと伏せられる。


「……そうか」


「父上」

 ソーが、一歩前へ出た。その声には、一切の躊躇がない。


「この戦いは、もはやウルシアやカエサルで抱えられる次元ではありません。

 魔族は、国を“奪う”のではなく、“壊す”ことそのものを楽しんでいる」


 ソーの腰で、ラナとオボロが静かに共鳴音を立てた。

「次は、必ず別の国が狙われます。だから――」


 ソーは、謁見の間全体に響く声で言い放った。


「奪還した聖剣二振りは、海洋国家オーシャンへ預けるべきです」

 怒号に近いざわめきが起きた。


「莫迦な!」「人類の至宝を他国へ渡すなど!」と、文官たちが色めき立つ。


 王が静かに手を上げ、ざわめきを制した。

「……理由を聞こう」


 ソーが口を開くより早く、後ろに控えていたシンが、面倒くさそうに首の骨を鳴らして前に出た。

「理由は三つだ」


 海神の異名を持つ男の、飄々とした、だが絶対的な圧を伴う声。文官たちが気圧されて息を呑む。

「一つ。聖剣を一国に固めるのはリスクが高すぎる。まとめて狙われりゃ、人類はそこで『詰み』だ。


 二つ。海は防衛に適している。波で防衛できるのは、オーシャンだけだ」

 シンは言葉を切り、ニヤリと笑った。


「そして三つ目。これが一番でけぇ。

 ……俺の昔からのツレのガキなんだけどな、この聖剣に選ばれそうな『生意気なガキ』が二人いる」


 王の目が、微かに見開かれる。


「世間知らずのクソガキどもだが……ああいう『未来を疑わねぇ目』をした奴は、だいたい剣の方から寄ってくる。

 ウルシアの宝物庫の奥で埃を被らせるより、使える場所で、使える奴に振るわせる。……それだけの話だ」


 軽い口調。だが、その目は一切の冗談を許していない。


 それに、今のローディオやカリナという規格外の戦力と、ソーという聖魔の二刀流がいる。これ以上戦力を集中させれば、同盟国すらウルシアを「脅威」と見なしかねない。


 その政治的背景を察し、外交の天才ギリーエが冷徹に補足する。


「シン殿の言う通りです。

 すべての希望を一つの籠に入れるのは、戦略として下策の極み。それに、我々は『武器』を増やす必要があります」


 重い沈黙。

 そして――王は、ゆっくりと頷いた。


「……許可する」

 即断だった。


 それは、シンという男の目と、息子であるギリーエの知略に対する、王の完全な信頼の証拠だった。


「ただし、条件がある」


 王の鋭い視線が、俺を真っ直ぐに射抜いた。

「二振りの聖剣の適合者は、“魔族との戦い”には必ず同盟軍として参加させること。

 そして――適合者の選定には、必ずギリーエ、お前も立ち会え」


 逃げ道を塞ぐ、完璧な采配。


 ギリーエに責任を負わせることで、他国に渡す聖剣の『手綱』をウルシアに縛り付ける気だ。


「承知しました」

 ギリーエは短く答えた。断る理由もない。


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