第60話:悲劇と歓喜の報告ー1
王都の瓦礫の間を抜け、俺たちは飛竜の待つ外壁へと歩を進めた。
勝った。戦局としては、間違いなく勝利だ。
それでも――飛竜の背に跨る俺たちの間に、歓喜の空気は一ミリたりとも存在しなかった。
眼下に広がるグリンデル王都は、もう『都市』ではない。
魔族という純粋な悪意が蹂躙し、焼き尽くした“残骸の寄せ集め”だ。
国としての機能も、歴史も、誇りも、二度と元には戻らない。
飛び立つ直前、俺は一度だけ振り返った。
王城の中心にぽっかりと空いた巨大な風穴。ワーズを空へ叩き出した、その物理的な痕跡。
――あそこで、ルーナは死んだ。
――レーオも、死んだ。
胸の奥底を、遅効性の猛毒のように痛みが焼き焦がしていく。
ジークは、ヒナワを抱きしめたまま俯いている。
レイズは腕を組み、忌々しげに遠くの空を睨みつけ、ミストは目を閉じてただ静かに祈りを捧げていた。
ソーは何も言わない。だが、彼の両手に握られた拳は、指の骨が白く透けるほどの力が込められていた。
「……帰ろう」
俺の口から落ちた声は、自分でも驚くほど低く、ひどく乾いていた。
誰も反対しない。飛竜が巨大な翼を打ち据え、死の都を背にする。
この国は、終わった。
だが――終わらせたままにはしない。
その血を吐くような想いだけが、生き残った全員の背骨を貫いていた。
◆
ウルシア王国への帰還は、葬列のように静かだった。
本来ならば、魔族下位貴族の討伐と、聖剣二振りの奪還は、歴史の教科書に太字で刻まれるほどの特大の戦果だ。
だが、城門をくぐる俺たちの顔を見て、歓声を上げようとした民衆たちは静かに息を呑み、道を空けた。
王城、謁見の間。
玉座の前には、ウルシア王と重臣たち、そして騎士団や冒険者ギルドの上層部が顔を揃えていた。
俺たちは、跪かない。
それは王への無礼ではない。“地獄を生き抜いてきた者”としての、対等な報告の立ち位置だ。
報告は、第4王子であるソーが行った。
淡々と、正確に、己の感情を完璧に削ぎ落とした声で。
魔族の襲来。上位陣の存在。ワーズとの死闘。そして、聖剣エクスとソラスの回収。
だが、その報告の最後の一言が、謁見の間の空気を完全に凍りつかせた。
「――グリンデル王国は、事実上崩壊しました」
ざわり、と。重臣たちが一斉に顔色を失う。
「王都は壊滅。生存者はごく僅か。……国としての再建は、不可能と判断します」
ウルシア王は、しばらく何も言わなかった。
深く刻まれたシワの奥で、その目がゆっくりと伏せられる。
「……そうか」
「父上」
ソーが、一歩前へ出た。その声には、一切の躊躇がない。
「この戦いは、もはやウルシアやカエサルで抱えられる次元ではありません。
魔族は、国を“奪う”のではなく、“壊す”ことそのものを楽しんでいる」
ソーの腰で、ラナとオボロが静かに共鳴音を立てた。
「次は、必ず別の国が狙われます。だから――」
ソーは、謁見の間全体に響く声で言い放った。
「奪還した聖剣二振りは、海洋国家オーシャンへ預けるべきです」
怒号に近いざわめきが起きた。
「莫迦な!」「人類の至宝を他国へ渡すなど!」と、文官たちが色めき立つ。
王が静かに手を上げ、ざわめきを制した。
「……理由を聞こう」
ソーが口を開くより早く、後ろに控えていたシンが、面倒くさそうに首の骨を鳴らして前に出た。
「理由は三つだ」
海神の異名を持つ男の、飄々とした、だが絶対的な圧を伴う声。文官たちが気圧されて息を呑む。
「一つ。聖剣を一国に固めるのはリスクが高すぎる。まとめて狙われりゃ、人類はそこで『詰み』だ。
二つ。海は防衛に適している。波で防衛できるのは、オーシャンだけだ」
シンは言葉を切り、ニヤリと笑った。
「そして三つ目。これが一番でけぇ。
……俺の昔からのツレのガキなんだけどな、この聖剣に選ばれそうな『生意気なガキ』が二人いる」
王の目が、微かに見開かれる。
「世間知らずのクソガキどもだが……ああいう『未来を疑わねぇ目』をした奴は、だいたい剣の方から寄ってくる。
ウルシアの宝物庫の奥で埃を被らせるより、使える場所で、使える奴に振るわせる。……それだけの話だ」
軽い口調。だが、その目は一切の冗談を許していない。
それに、今のローディオやカリナという規格外の戦力と、ソーという聖魔の二刀流がいる。これ以上戦力を集中させれば、同盟国すらウルシアを「脅威」と見なしかねない。
その政治的背景を察し、外交の天才ギリーエが冷徹に補足する。
「シン殿の言う通りです。
すべての希望を一つの籠に入れるのは、戦略として下策の極み。それに、我々は『武器』を増やす必要があります」
重い沈黙。
そして――王は、ゆっくりと頷いた。
「……許可する」
即断だった。
それは、シンという男の目と、息子であるギリーエの知略に対する、王の完全な信頼の証拠だった。
「ただし、条件がある」
王の鋭い視線が、俺を真っ直ぐに射抜いた。
「二振りの聖剣の適合者は、“魔族との戦い”には必ず同盟軍として参加させること。
そして――適合者の選定には、必ずギリーエ、お前も立ち会え」
逃げ道を塞ぐ、完璧な采配。
ギリーエに責任を負わせることで、他国に渡す聖剣の『手綱』をウルシアに縛り付ける気だ。
「承知しました」
ギリーエは短く答えた。断る理由もない。




