第58話:祈りの唄−1
遠くから聞き慣れた声がした。
「元気そうだな!大将!」
「お前もな、レイズ」
ほぼ無傷なレイズとミストがやってきた。
「ワーズは倒したのか?それともお前らのどちらかが?」
ややこしすぎる、変身能力持ちの敵との戦いは倒したあとも影響が出る。
「倒したあとも面倒くさい、敵ながらあっぱれだな、下位貴族ワーズ」
このあと、レイズたちに説明や証明をするために1時間かけた、
その後合流したシンと、この戦いのMVPと言っても過言じゃない、ジークにも同じ説明を1時間かけてした。
仮面を叩き割ろうかと考えるほどにはイラッとした。
「そう言えば、二振りの聖剣は?」
誰もが忘れていた最も重要と言っても過言ではない案件をジークがポロっとつぶやいた。
「あ!」
一同に声をそろえる。
「魔族の奴らぶっ壊しちまったりしてな」
「おいレイズ、物騒なこと言うな」
俺が言い終わる前にシンが言う。
「大丈夫だ、2つの大きな聖剣の波を感じる、こっちだ」
『シンさん便利な能力だね』
(ああ、そういやワーズは海神の加護がうんたらとか言ってたな)
聖剣への道中俺は質問してみた。
「なぁ、シン」
「んぁー?」
戦いの後とは思えぬ腑抜けた返事だ。
「海神の加護ってなんだ?」
「あーー、俺の出身は実はオーシャンじゃねーんだ」
「へー、それが?」
「生まれは遠い遠い神々の国、って言ったら信じるか?」
「はっ、さらに遠い遠い異世界の国から来た俺にそれ聞くか?」
周囲で、確かに、と笑い声が聞こえる。
「ま、あとは自分の目で確かめるこった、お!近いぜぇ、聖剣が。」
「食えねぇオッサンだ。」
この世界のオッサンは食えないやつばっかりだな。
二振りの聖剣は崩れた書庫に乱雑に投げ捨てられていた。
崩れた書庫は、まるで墓場だった。
壁は半分以上が崩れ、天井は抜け落ち、
床一面に散らばるのは――焼け焦げた羊皮紙、砕けた書架、溶けた魔導具の残骸。
知識の集積だった場所が、
最後は「守るための場所」になった痕跡だけを残している。
その中央。
――あまりにも不釣り合いな光景があった。
壊滅した書庫の中心にだけ、
直径数メートルの完全な円形空間が存在している。
空気が違う。
魔力の密度が違う。
そして――触れなくても分かる。
“命に代えても守り抜く”という強い意思が、空間そのものに染み込んでいた。
そこに、二振り。
静かに浮かぶように、鎮座していた。
聖剣エクス。
聖剣ソラス。
剣身は一切傷ついていない。
埃ひとつ付いていない。
まるで、ついさっきまで誰かが祈り続けていたかのように。
その周囲を包むのは――
幾重にも重なった、異常なまでの結界陣だった。
レイズが、低く息を吐く。
「……なるほどな」
指で空間をなぞるように見つめながら、言った。
「聖剣が無事な理由は、これか」
ミストは、一歩も踏み込まずに、結界だけを凝視している。
その顔色が、竜騎士のそれではなくなっていた。
「……これほどの結界」
声が、わずかに震える。
「何人もの高名な僧侶や魔法使いが……
命と引き換えにして、ようやく発動できるレベルのものだ」
シンが、肩をすくめる。
「命と引き換えに発動する禁術……ねぇ」
軽い言い方とは裏腹に、
視線は一切、冗談を含んでいなかった。
ソーは、剣ではなく――
結界の奥、聖剣を見つめていた。
「……グリンデルの戦士たちは」
ゆっくりと、噛み締めるように。
「命がけで聖剣を奪い返し、
命がけで……守り抜いたのか」
ジークが、拳を握り締める。
唇が震えていた。
「あの絶望の中で……
最後まで……諦めずに……」
声が、そこで途切れた。
――ジークが、泣き始めた。
嗚咽ではない。
声を殺した、悔しさと敬意と無力感が混ざった涙だ。
俺は、一歩前に出た。
「泣くな、ジーク」
静かに、だがはっきりと。
「俺たちは、俺たちのできることをやった」
少しだけ、間を置いて。
「胸を張れとまでは言わない。
ただ……祈るんだ」
聖剣を見る。
「彼らが命がけで守り抜いたこの剣で、
これから誰かの命を守れるように」
ラナが、胸元で小さく笑った。
『いいこと言うね、珍しく』
(珍しくは余計だっ)
俺の中で空気が、ほんの少しだけ和らいだ。
だが、現実はまだそこにある。




