悲鳴の在処
ヴァディムの背中を追って、瓦礫の隙間を抜けた。
息を切らす暇さえない。鉄パイプを握る男の足音が、前を行く。サキの足は、もう疲労という感覚を忘れて久しい。
路地の奥、崩れたコンクリートの壁際に、三つの人影が群がっていた。
ひとつは、地面に組み伏せられている。長い髪が、瓦礫の上に乱れて広がっていた。残る二つの影が、その上に覆いかぶさるように——
ヴァディムが叫ぶより先に、サキは駆けていた。
組み伏せられた女のH-住民の口から、声が漏れた。悲鳴と呼ぶには、あまりに平坦な声だった。
痛みの形だけがそこにあって、恐怖の色がどこにもない。意味を失った叫び。それが、かえって耳の奥に突き刺さった。
一番手前の男の襟首を、サキは後ろから掴み上げた。
「は——」
振り向いた顔に、拳を叩き込む。考える前に、身体が動いていた。
短い悲鳴。骨の鈍い音。
二人目が振り返るのと、ヴァディムの鉄パイプが弧を描くのは、ほぼ同時だった。
膝の砕ける音が、路地に響く。男が地面に崩れ落ちる。
三人目が、ナイフを抜いた。
刃が、サキの脇腹をかすめる。熱さより先に、いつもの冷たさが来た。
けれど今度は、立ち止まる理由にはならなかった。
腕を取り、関節の逆を押す。骨の軋む感触。ナイフが地面に落ちた。
「動くな」
低く言うと、男は、もう動かなかった。動けなかった、というほうが近い。
静寂が戻ってくる。荒い息は、サキのものではなく、地面にうずくまる男たちのものだった。
脇腹に手を当てる。布が裂け、血が滲んでいたが、もう傷は浅い。皮膚の下で、金色の糸がうっすらと縫い合わせていく感触があった。
組み伏せられていた女のH-住民は、まだ地面に座り込んだままだった。乱れた髪の隙間から覗く瞳は、何も映していなかった。助けられた、という認識すら、その瞳の中にはないように見える。
サキは、毛布を拾って、その肩にかけた。礼の言葉は、返ってこなかった。
ただ——
唇が、かすかに動いた。
声にならない震えが、規則的なリズムを刻んでいる。
三。六。九。
サキの背筋が、冷えた。
「……今、何か言った?」
ヴァディムが、女を覗き込む。だが、その瞳に映る光は、最初から何も訴えていなかった。ただ唇だけが、誰かに教えられた歌を、忠実になぞり続けている。




