灯りの番人
窓へ近づいた瞬間、頬に冷たいものが押し当てられた。
金属だ。それも、撃鉄の感触まで伝わってくる、本物の銃口。
「動くな」
低い声が、闇の中から落ちてきた。サキは動かなかった。動けない、のではない。動く必要を感じなかっただけだ。
この程度の冷たさなら、もう何年も前から知っている。
「武器は持ってない」
声だけを返す。両手を、ゆっくりと、見える位置まで上げた。
しばらくの沈黙。値踏みするような視線が、肌の上を這う感触があった。
「……F.C.E.U.か」
低く呟かれた言葉に、サキの肩がわずかに強張る。匂いでわかるのか、歩き方でわかるのか。どちらにせよ、見破られたことに変わりはない。
「元、よ」
銃口が、わずかに下がった。
闇の奥から、男が一歩、灯りの中へ踏み出してくる。肩幅の広い、岩のような体躯。頬から顎にかけて走る古い傷跡が、灯油ランプの光に、一瞬、金色に縁取られた。
考古学者の目が、勝手に動き出す——これは刃物の傷。こちらは火傷の跡。読み取れるだけの記録が、一人の男の顔に刻まれている。
「ヴァディム」
それだけ名乗ると、男は銃をホルスターに戻した。
「お前、F.C.E.U.の犬にしちゃ、肝が据わりすぎてる」
「もう犬じゃないから」
ヴァディムは、小さく鼻を鳴らした。笑ったのか、呆れたのか、判別がつかない。
部屋の中は、缶詰の山と継ぎ接ぎだらけの毛布、壁に立てかけられた数本の鉄パイプで埋まっていた。生き延びるための道具が、雑に、けれど几帳面に並んでいる。几帳面さの方が、この男の本性なのだろう、とサキは思う。
「ここで何を見張ってるの」
「人間を」
ヴァディムは窓の外へ顎をしゃくった。
「ウイルスでも、化け物でもない。生き残った人間の中にも、ろくでもないのがいる」
語る声に、抑揚はなかった。抑揚のなさが、かえって重みを増した。
「H-住民の女に手を出す連中がいる。年若い女ばかり狙って、夜に攫っていく」
言葉を切り、ヴァディムはランプの芯を少しだけ上げた。光が、彼の目の奥の何かを照らし出す。
「あいつらに意志がないからって、何をしてもいいと思ってる」
サキの中で、何かが冷たく固まった。死者の朝を覗き見ることに意味を探していた自分が、急に、ひどく小さく思える。
「だから、見張ってる。それだけだ」
そのとき——
遠く、ビルの谷間から、悲鳴が裂けた。
ヴァディムの顔色が変わった。鉄パイプを掴み取る動きに、迷いはなかった。
「来い。話はあとだ」
サキは、すでに走り出していた。




