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第七人類絶滅報告書  作者: ななめハンバーグカルパス
第四部 デルタは目を瞑る
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名を呼ぶ声

 空に、星が増えていた。


 それだけが見えている。


 体の中では、金色の糸が走り続けていた。一か所塞げば、次が開いている。追いかけっこのような修復が、静かな熱を帯びて続いていた。痛みとして来ているものと、修復の熱として来ているものが、もう区別がつかない。


 一斉掃射は、続いていなかった。


 いつ止まったのか、わからなかった。銃声が遠のいたのか、自分の聴覚が遠のいたのか、どちらかの理由で、音が急に静かになっていた。


「やめろ」


 声がした。

 翻訳端末越しではなかった。生の声だ。それでも、歪んでいた。


 フルフェイスのヘルメットが、地面から起き上がろうとしている。ゆっくりと。一度、膝をついた。また立とうとして、装甲の継ぎ目から何かが滲んでいた。サキが殴った箇所だった。人間の体が、装甲の下に存在することを、初めて思い出した。


「撃つな。撃ち方やめ」


 隊員に向けて、命令していた。声に、抑揚があった。翻訳端末を通していない、人間の声の揺れ方だった。

 周囲の気配が、動きを止める。


 フルフェイスが、サキの方を向いた。

 歩いてきた。ゆっくりと、足を引きずりながら。サキが折れかけた腕で殴り続けた相手が、それでも自分の足で歩いてきた。


 距離が縮まる。


 ヘルメットの内側から、何かを確認するような間があった。サキを見ていた。体に穿たれた銃弾の跡を、金糸が縫い合わせていく様子を、フルフェイスの向こうから見ていた。


「……お前」


 声が、またずれた。今度は別の種類の歪み方だった。


「サキ、なのか」


 サキは、地面に倒れたまま、その声を聞いた。


 知っている声だった。


 歪んでいたが、音の質が、記憶の中の何かと一致した。アークの廊下、通信室の前、端末越しに交わした会話——そのどれかに、この声があった。


「…………リアム」


 声が、喉から出てきたことに、自分でも驚いた。

 フルフェイスが、また一歩近づいた。

 その瞬間、地面を這う音がした。


 ナージャだった。


 左の肩口が撃ち抜かれたまま、右腕だけで地面を押して、引きずるようにしてこちらへ向かってきていた。唇から、黒い線が顎まで伝っていた。


「おい、動くな——」


「うるさい」


 息が切れていた。それでも、声に力があった。


「そこから——離れろ」


 フルフェイスに向かって、吐き捨てた。


「離れろと言ってる。聞こえないのか、このゲス野郎」


 口から、また血が滲んだ。それでも、声が大きくなった。


「お前ら。サキが何をした!こいつは俺を庇っ—―」


 言葉が、咳で途切れた。

 それでも、腕を止めなかった。地面を掻いて、また一センチ近づいた。


「てめえら、文明復興庁に従ってんだろう。あんなクソくだらないものに」


 吐き捨てる声だった。


「一度でも顔を見たか。声を聞いたか。命令が降ってくる。署名がある。でも顔がない。名前がない——そんなものが、本当に存在すると思ってるのか、犬野郎」


 フルフェイスが、止まった。


「お前らが守ろうとしてるのは——」


 ナージャが、ようやくサキの腕に触れた。血まみれの指で、サキの手首を握る。


「人間か。それとも、命令書か」


 誰も答えなかった。

 路地に風だけが通る。


 フルフェイスのヘルメットが、内側から、ゆっくりとロックを外す音がした。


 外れた。

 素顔が出てきた。


 三十代の半ば。短く刈った髪。顎に傷跡。サキが殴った箇所が、頬骨の辺りで赤く膨らんでいた。口元に血がにじんでいた。それでも、その目が——サキの顔を見つけた瞬間に揺れた。


「……本当に、お前か」


 リアム・マッキンタイアが、そこにいた。


 サキは、何も言えなかった。言葉より先に、色々なものが来た。アークの記憶。端末越しの会話。()()()という以上のものと、()()()以下になってしまったものが、混ざり合って、言葉の形にならなかった。


「お前が、リアムか」


 ナージャが、かすれた声で言った。


「サキが話してた」


 リアムが、ナージャを見た。視線が、肩口の傷へ落ちた。


「……狙撃手を、呼び戻す」


 周囲の隊員たちへ向かって、言い放つ。声が、また命令の形を取り戻していた。


「二人を手当てしろ。優先度、最大だ」


「対象は——」


 隊員の一人が、言いかけた。


「優先度、最大だと言った」


 リアムが繰り返した。抑揚がなかった。その抑揚のなさが、かえって有無を言わせない形を持っていた。

 隊員たちが、動き始める。


 ナージャが、サキの手首を握ったまま、額をサキの肩に預けた。重くなかった。体重をかける力も、もう残っていないのだろう。


「生きてるか」


 ナージャが、小さく聞いた。


「生きてる」


「そうか」


 息を、細く吐いた。


「お前の友達は、ゲスだったな」


「元同僚」


「元、な。元がついてよかった」


 サキは、ナージャの背中に折れかけた腕を回した。骨が軋んだ。構わなかった。


 空に、また星が増えている。

 リアムが、二人から少し距離を置いて、立っていた。ヘルメットを脇に抱えたまま、どこを見るでもなく、ただ立っていた。


 文明復興庁の命令書には、名前がない。顔がない。声がない。どこかで誰かが打ち込んだ文字列が、基底言語として伝達され、人間の口から出る前に命令の形を持っている。従う人間の顔は見えても、命令した人間の顔は、最後まで見えない。そういう組織だった。


 いや——組織という言葉すら、正確ではないかもしれない。規則が、自分で歩いて命令を下している。


 それに従って、リアムはここに来た。

 それに従って、ナージャが撃たれた。

 サキを銃弾が貫いた。


 でも今、命令を止めたのもリアムだった。


 答えを出す気力が、今はなかった。

 ナージャの手が、まだサキの手首を握っている。指の力が、少しずつ弱くなっていた。


「離さないで」


 サキは、言った。


「言われなくても」


 かすれた声が返ってきた。

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