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第七人類絶滅報告書  作者: ななめハンバーグカルパス
第四部 デルタは目を瞑る
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甲板での仕事

 最初の指示は、ロープを巻くことだった。


 それだけ聞いて、サキはロープを手に取った。どの程度の強さで、どの巻き方で、という説明はなかった。そういう船らしかった。できなければ使わない、できるなら黙って使う——ナージャの采配には、無駄な言葉がどこにも混じっていなかった。


 巻き方は、三種類覚えた。

 二時間もあれば、どれが何に向いているかも体が覚えた。


「次、索具の点検だ」


「どこから」


「どこからでもいい。全部やれ」


 全部、というのが、どれくらいの量なのか、その時点では見当がつかなかった。見当がつくより先に、体が動いていた。


 疲れが、来なかった。


 正確には——疲れの手前まで来て、そこで止まる感覚があった。熱したガラスが、割れる寸前で固まるような。限界の輪郭だけが残って、その内側には入ってこない。


 船員たちは、最初のうち、遠巻きにサキを見ていた。甲板で傷が塞がるのを見た連中だ、当然かもしれなかった。けれど、仕事ぶりを見るうちに、それが変わっていく気配があった。驚きが、少しずつ、別の何かに変質していく。信頼というほど温かくはないが、値踏みの目ではもうない。


「お前、重いものを持つのが好きか」


 船員の一人が、索具の隣で作業しながら、唐突に言った。ベルナルドという名の、腕に錨の刺青を持つ男だった。


「なんで」


「重いものを運ぶとき、お前の顔が一番、普通だ」


 普通、という言葉が、少し可笑しかった。でも、否定はできなかった。百キロ近い荷を担いでも、体に感想がないのは、事実だった。感想がないということは——たしかに、一番()()に近いのかもしれない。


「そうかもしれない」


 ベルナルドが、短く笑って、また作業に戻った。それだけの会話だったが、甲板の空気が、少しだけ変わった気がした。


 日が傾いた頃、ナージャが甲板に出てきた。


 何も言わずに、サキの仕事を見て回る。点検した索具、巻いたロープ、整えたタラップ。一つ一つを、指で触れながら確かめていくその仕草は、信頼しているのか、まだ疑っているのか、どちらとも取れた。


 たぶん、どちらでもあるのだろう、とサキは思った。


「不満はある?」


 ナージャが、海の方を見たまま言った。


「ない」


「嘘をつくな」


「……手が余る」


 正直に言うと、ナージャが初めて、サキの方を見た。


「それだけ動けて、手が余るか」


「動けるのと、動かす理由があるのは、別だと思う」


 ナージャは、しばらく黙っていた。

 海風が、二人の間を通り過ぎていく。


「明後日には、海流が変わる」


 彼女が、視線を水平線へ戻した。


「その頃には、お前の理由も変わるかもしれない」


 意味を問う前に、ナージャは踵を返していた。

 サキは、海を見た。

 水平線の向こうが、今日は少しだけ、昨日より近く見えた。


 気のせいかもしれない。それでも、少しだけ、足を前に踏み出す気になった。

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