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第七人類絶滅報告書  作者: ななめハンバーグカルパス
第四部 デルタは目を瞑る
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さよならの言い方

 朝の港は、昨日より人が多かった。


 荷の積み替えをする男たちの怒鳴り声、油の焦げる匂い、潮が引いた後の湿った石畳——それらをまとめて、サキの鼻は「出発の朝」として記憶しようとしていた。ただ、完全に記憶すると決めたわけではない。目と耳が、勝手に欲張った。


 ヴァディムは、船が見える岸壁のギリギリまで来ていた。それ以上は来ない、とでもいうように、つま先がそこでぴたりと揃っていた。


「世話になった」


 サキは、先に言った。言ってしまえば、後は短くて済む。そう思っていた。


「世話した覚えはない」


「ウラジオストクまで連れてきてもらって?」


「お前が勝手についてきた」


「あんたが先に歩いた」


 ヴァディムが、鼻を鳴らした。この人の笑い方は、最後まで、これだけだった。


 荷を担いだ船員が、二人の脇を通り抜けていく。出航まで、もうそんなに時間はないはずだった。わかっていた。わかっていたから、余計に何かを言わなければという気になって、余計に何も出てこなかった。


「あのさ」


 思ったより、声が小さかった。


「エレナと、もし会うことがあったら」


「会わないだろう」


「会わないだろうけど」


 喉の奥が、少しだけ詰まった。つまらないことで詰まるな、と自分に言い聞かせる。


「よろしく言っといて」


 ヴァディムの眉が、片方だけ上がった。


「よろしく、って何を」


「わかんない。でも、よろしく」


 我ながら意味がわからない、と思った。けれど、それ以外の言葉が見つからなかった。

 エレナによろしく、という言葉は、たぶん、エレナへ向けた言葉ではなかった。自分の中の何かへ向けた言葉だった。それが何かは、まだ名前がつかない。


 ヴァディムは、しばらく黙っていた。


「伝えてやれない」


「知ってる」


「けど」


 低い声が、一拍だけ止まった。


「お前が笑う顔を、そいつが見たなら、よろしくどころじゃなかっただろうな」


 サキは、返せなかった。


 返せないまま、口の端だけ、少し持ち上げた。笑っているつもりだったが、うまくできていたかどうかは、自分ではわからなかった。


「行け」


 ヴァディムが、先に目をそらした。


 サキは、タラップに足をかけた。振り返らないと決めていた。決めていたのに、甲板に乗り移る直前、視線だけを横に流した。

 岸壁に大きな背中が、まだあった。


 潮の匂いが、また強くなった。目が、少しだけ熱を持った気がしたが、それは朝の風のせいだということにした。

 船が、低く唸り始める。


 それでいい、とサキは思った。

 寂しいのは、知っている人がいた、ということだ。それだけだ。

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