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第七人類絶滅報告書  作者: ななめハンバーグカルパス
第四部 デルタは目を瞑る
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船長の夜

 呼ばれたのは、日が傾いた頃だった。


 船員の一人が、ただ「ナージャが呼んでいる」とだけ言った。それ以上の説明はなかった。この船では、それが普通らしかった。


 甲板の奥、積み荷に半分隠れた小屋のような船長室へ入ると、ナージャは地図を広げたまま背を向けていた。入ってきたことには気づいているはずだが、振り返らない。


 値踏みの仕方が、独特だった。背中で相手を測る種類の人間なのかもしれない、とサキは思った。


「座れ」


 椅子を引いて、座った。テーブルの上には、コップが二つ。茶色い液体が、低い灯りを受けて揺れている。何かを試すつもりなのか、それともただの習慣なのか、この女の行動はいつも判断が少し遅れる。


 ナージャが、ようやく振り返った。


「お前の腕――」


 その一言で、サキは合点した。だから呼んだのだ。


「甲板で、昨日、傷が治るところを見た連中がいる」


 ナージャは、自分のコップを手に取った。飲む前に、サキのコップをちらりと見る。勧めているのか、試しているのか、どちらとも取れる視線だった。


「怖がってる?」


「怖がってどうする」


 即答だった。その速さが、意外だったのか、ナージャの目尻が、わずかに緩んだ。


「日本まで行って、どうする」


「まだ、わからない」


「正直なやつだ」


 彼女が、コップを傾けた。サキは、自分のコップには手をつけなかった。のどの渇きは感じない。それは、もう当たり前になっていた。


「一つ、聞いていいか」


 ナージャが、テーブルに肘をついた。


「お前を追いかけてる女がいるだろう」


 サキの指先が、わずかに冷えた。文明復興庁のことかと思った。が、ナージャの次の言葉は、そちらではなかった。


「ヴァディムから聞いた。アークで出会った女のこと」


「……話したのね、あの人」


「あいつは、酒が入ると止まらない」


 ナージャは、視線を外さないまま言った。


「その女を、置いてきた」


 問いではなかった。確認だった。

 置いてきた。その言葉の重さを、サキはしばらく舌の上で転がした。違う、とは言えなかった。でも、置いてきた、というのも、少し違う気がした。


「私が出ていった。彼女は止めなかった」


「それは、止めなかったのか。止められなかったのか」


 甲板の外で、波の音がした。ナージャは答えを待たなかった。答えを求めているわけでもないのだろう、とサキは思った。ただ、この女は、相手の輪郭を言葉で彫り出すことに慣れているだけだ。


「俺も、そういう女がいた」


 低く、独り言のような声だった。


「追いかけることも、引き止めることも、どっちもしなかった。正しかったのかは、今でもわからない」


 灯りが、風で少し揺れた。ナージャの横顔が、一瞬だけ、サキの知らない表情をした。


「明日、出る」


 椅子を引いて、立ち上がる。


「波は穏やかだ。それだけは教えてやれる」


 サキも、立ち上がった。

 扉へ向かいながら、ふと振り返る。テーブルの上、手つかずのコップが二つ、並んでいた。

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