表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第七人類絶滅報告書  作者: ななめハンバーグカルパス
第四部 デルタは目を瞑る
104/127

潮の匂い

 森が、針葉樹から白樺に変わった頃には、すでに息を吐くたび白い煙が立つようになっていた。

 靴底は、もう二度貼り直していた。最初の街で拾った接着剤の残りも、底をついている。


 幾つかの廃村を抜けた。どこも同じだった。崩れた壁、錆びた看板、そして時折、虚ろな瞳で立ち尽くすH-住民たちの影。すれ違うたび、サキは耳を澄ませた。三、六、九。同じ数列が、別の街でも、別の声で、繰り返されていた。


 ヴァディムは、何も言わなかった。ただ、その度に、足を止める時間が少しずつ長くなっていった。

 ある夜、星が異常なほど鮮明に見えた。

 ヴァディムが「もうすぐだ」と呟いたきり、何も続けなかった。


 山脈を越え、針葉樹の森を再び抜けた朝——

 風の匂いが、変わった。

 土と錆の匂いの奥に、塩の匂いが混じっている。


 サキは、足を速めた。疲労という感覚は、もう半分も残っていなかったが、それでも、この匂いを嗅いだ瞬間だけは、何かが急いていた。

 丘を登りきったところで、視界が開けた。


 灰色の海が、地平線まで広がっていた。波が、規則正しい音を立てて岸を叩いている。今のところ、その音には、文字も波紋も読み取れなかった。ただ、それが本当に「何もない」ことを意味するのか、サキにはまだ判断がつかなかった。


 港の方角には、煙が何本も立ち上っていた。建物の輪郭が密集している。これまで通ってきたどの廃墟よりも、人の気配が濃かった。怒鳴り声、金属を打つ音、何かのエンジン音——久しく聞いていなかった、生きている街の雑音。


「あれが、ウラジオストクだ」


 ヴァディムが、目を細めて港を見下ろした。


「メビウスの連中は、たぶんあの桟橋のどれかにいる」


 サキは、海を見つめたまま、しばらく動けなかった。

 チェルノブイリを出てから、初めて見る本物の水平線だった。


「行こう」


 声に出してから、自分がそう言ったことに、少し驚いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ