崩れる橋
川幅は、思っていたよりずっと広かった。
唯一架かっている鉄橋は、半分が錆びて朽ち落ち、骨組みだけが川面に影を落としている。
ヴァディムが先に足をかけ、軋む音を確かめながら進んでいった。
「一人ずつだ。重さを分散させろ」
サキは頷き、橋桁の隙間から見える川面に、一瞬目をやった。
水が、揺れていた。風のせいではない。等間隔の波紋が、何かの規則に従うように、水面の上に文字のような形を結んでは、崩れていく。
ワタシハ。ココニ。イル。
読み取れた瞬間、首筋の毛が逆立った。
「進んで」
自分の声が、思ったより硬かった。
橋の中央に差しかかったところで、軋みが変わった。木材ではなく、金属が軋む音。橋脚に絡みついていたケーブルの束が、見えない力に引かれて、するすると持ち上がっていく。
「来るぞ」
ヴァディムが、鉄パイプを構え直した。
水面から、細長い影が躍り出た。錆びたワイヤーと割れたガラスが縒り合わさり、蛇のような輪郭を作っている。グリッチ・ハウンドの変種。
橋が軋んだ。
サキは身を低くした。鞭のように振られたワイヤーの束が、頭上をかすめる。
足場が傾いた。
ヴァディムの鉄パイプが、振り下ろされる。金属同士がぶつかる音。火花が散る。けれど怪物の輪郭は、崩れない。
「物理は効かない」
ヴァディムが、舌打ちした。
サキは、橋の継ぎ目——ボルトの緩んだ箇所を、視界の端に捉えていた。考える前に、足が動く。
橋桁を蹴り、怪物の頭部目がけて飛んだ。
着地と同時に、橋全体が悲鳴のような音を立てて傾く。
怪物の輪郭が、サキの重みで一瞬たわんだ。
その隙に、腕を、ガラス片の集合体の中心へ突き込む。
冷たい。次に、熱い。腕の皮膚が裂ける感触。けれど止まらなかった。
怪物の「核」——歪んだ波形を放つ、小さな金属片を握りつぶす。
輪郭が、一斉に崩れ落ちた。錆とガラスが、川面に降り注ぐ音。
それと同時に、橋桁を支えていたボルトが限界を迎えた。
「跳べ!」
ヴァディムの声と同時に、足場が崩落する。サキは岸へ向かって跳んだ。空中で、腕の傷から金色の糸が編まれていく感触があった。
水しぶきと、鉄の崩れ落ちる轟音が同時に響いた。
泥の岸に転がり込む。すぐ隣に、ヴァディムが同じように倒れ込んでいた。
二人で、しばらく動かなかった。
振り返ると、橋はもう跡形もなかった。川面には、いつもの波紋だけが、何事もなかったように揺れている。
戻る道は、もうない。




