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第七人類絶滅報告書  作者: ななめハンバーグカルパス
第四部 デルタは目を瞑る
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電波の沈黙

 テーブルに広げられた地図は、半分が滲んで読めなくなっていた。

 それでも、ヴァディムの指は迷わずに線をなぞる。


「ここから北は、廃線沿いに進むのが一番早い。野盗は出るが、グリッチは出ない」


 彼の指が、東へ滑っていく。


「問題はここから先だ。情報がない」


 地図の余白に、何も描かれていない領域が不自然なほど広がっていた。

 誰も戻ってこなかった場所、ということなのだろう。


「ウラジオストクまで、どのくらい」


「歩きなら二月。車があれば、半分以下」


「車は」


「ない。あれば、俺がとっくに乗ってる」


 サキは、地図から目を上げた。大陸を横断する、という言葉の重さが、今さら肩にのしかかってくる。チェルノブイリを出てから、まだ三日も経っていない。


 ふと、ある考えが浮かんだ。


「F.C.E.U.時代の伝手(つて)が、一つだけある」


 端末を取り出す。電源を入れるだけで、指先が冷たくなった。古い暗号化周波数。最後に使ったのは、もう何年も前だ。


 短い符丁を打ち込み、送信する。

 返事は、ほとんど一瞬で来た。


[認証コード不一致。発信元を記録します]


 機械的な文字列の連なりに、サキの背筋が凍った。一瞬で来た、ということ自体がおかしい。

 眠っているはずの回線に、誰かが、ずっと聞き耳を立てていたとしか思えない。


 電源を切る。心臓の音だけが、やけに大きく聞こえた。


「だめか」


 ヴァディムが、訊くというより、確認するように言った。


「だめ。むしろ、教えない方がよかった」


 しばらく、二人とも何も言わなかった。


「だったら」


 ヴァディムが、椅子の背にもたれた。


「俺の伝手を使え」


「あるの」


「メビウスの連中だ。法も国境も無視して、モノと人を運ぶ。俺たちにも、たまに薬と引き換えに物資を届けてくれる」


 彼は、地図の端、海岸線近くの一点を指で叩いた。


「この辺りに、奴らの船がよく着く。乗せてもらえるかどうかは、運次第だが」


「対価は」


「労働か、情報か、武器」


 ヴァディムが、サキを一瞥する。


「お前、戦えるな」


「少しは」


「それで十分だ」


 中庭から、低いハミングが、また風に乗って届いた。三、六、九。区切りのリズムは、最初に聞いたときより、わずかに速くなっている気がした。気のせいかもしれない。確かめる術はない。


「大陸を渡るだけで、何ヶ月もかかる」


 サキは、地図の余白——情報のない領域に、もう一度目を落とした。


「その間に、あれが何なのか、誰かに先を越されるかもしれない」


「だったら、急ぐしかないだろう」


 ヴァディムが、地図を畳んだ。

 畳まれた紙の隙間から、まだ東を指していた指の跡が、薄く残っていた。

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