第20話:ベルリン着、全員降りろ
粉塵が、すべてを覆い尽くした。
爆発の衝撃で吹き飛ばされたコンクリートの破片が雨のように降り注ぎ、蒸気と煙が入り混じってあたりは何も見えなくなる。時間が止まったかと思うほどの静寂の後、崩れ落ちる瓦礫の轟音が、何度も何度も響いた。
研究所は原型をとどめていなかった。イワン二号は前半分がコンクリートの壁を貫き、後ろ半分が瓦礫の山に埋もれて停止していた。ボイラーは破裂し、蒸気はすべて吹き出し、車輪は二度と回ることはなかった。
戦車貨車は横転し、ティーガーとIV号とIII号突撃砲は、貨車から投げ出されて瓦礫の山と化していた。客車は連結器が千切れ、それぞれがバラバラの方向に散らばっている。
静寂。
研究所の中央に据えられた巨大な発信装置。その鉄塔は根元から折れ、無数の火花が散っていた。発信装置は完全に破壊され、電波は、止まった。
◇ ◇ ◇
その瞬間、ベルリン中に散らばっていた数十万のゾンビたちが、一斉に動きを止めた。
群れを成していた者も、廃墟を彷徨っていた者も、今まさに獲物に噛みつこうとしていた者も。すべてのゾンビが、まるで糸が切れた操り人形のように、その場に崩れ落ちた。ベルリンの街から、死者たちの呻き声が消えた。東部戦線全域で、何百万ものゾンビが、同時に、停止した。
静寂。
本当の静寂が、ついに訪れた。
◇ ◇ ◇
瓦礫の中から、最初に這い出したのはボリスだった。
彼は額から血を流し、軍服はボロボロだった。しかし彼は立ち上がり、すぐに周囲を確認した。生存者の確認。これが彼の仕事であり、そして残された者としての義務だった。
「……誰か、生きてるか」
「——ここに」
ハルトマン軍曹が、瓦礫の下から這い出してきた。彼は左腕を庇いながらも、しっかりと立ち上がる。
「全員、無事か」
「まだ確認中だ。だが——」
次々と、乗組員たちが瓦礫の中から這い出してくる。フィリポフが工具箱を抱えて現れ、ベッカーが無言でその後に続く。二人とも煤だらけで、顔は傷だらけだったが、その目は確かに生きている者の目だった。続いて、ペトロヴァが医療バッグを抱えて這い出し、すぐに負傷者の手当てを始める。彼女の顔にも傷があったが、「たぶん大丈夫」といつもの口癖を呟きながら動き続けた。神父イヴァンと牧師クラウスが互いに支え合いながら現れ、コミッサロフが手帳を抱えて這い出し、ヴェーバーが粉塵を払いながら立ち上がった。
「全員いるか!」
グロモフの声が響いた。彼は瓦礫の上に立ち、生き残った乗組員たちの姿を一人ひとり確認していた。
「少佐! フォン・シュタインベルク少佐は!」
バウマンの叫び声に、全員が瓦礫の一角を見た。横転したティーガー戦車の下から、フォン・シュタインベルクが這い出してきた。軍服は破れ、青い目は煤で濁っていた。しかしその背筋だけは、相変わらずまっすぐに伸びている。
「……ここにいる。全員、無事か」
「少佐! 少佐、よかった——!」
バウマンが駆け寄り、フォン・シュタインベルクの手を取った。プロイセン貴族はほんの少しだけ照れたような顔をしたが、振り払いはしなかった。
その時、機関車の残骸から、一人の老人が這い出してきた。
「オルロフ爺!」
オルロフ爺は額から血を流し、ツナギは焦げてボロボロだった。彼は数歩よろめき、それから瓦礫の上に座り込んだ。彼の手には、初代イワンのボルトとクズネツォフの製造プレートが握られていた。
「……終わったのか」
「終わった。終わったんだ、爺さん」
「……そうか。イワン二号は」
彼は振り返り、大破した機関車の残骸を見つめた。イワン二号はもう走れない。しかしその姿は、役目を終えた戦士のように、誇り高く横たわっていた。
「……よくやった。最高の機関車だった」
彼は静かに、涙を流した。今回の涙は、初代イワンを失った時の涙とは違った。それは誇りと、感謝と、そして長い旅を終えた安堵の涙だった。
◇ ◇ ◇
そして、粉塵の中に一つの影が立ち上がった。
全員の視線がそちらに集中する。崩れた指揮車両の残骸から、一人の巨漢が這い出してきた。軍服はボロボロで、勲章は煤にまみれ、顔には無数の擦り傷があった。しかし彼は、背筋を伸ばして立ち上がった。
ジューコフは、粉塵の中に落ちているものを見つけた。それは一枚の紙。胸ポケットが破れて落ちた、娘が描いた絵だった。爆風で飛ばされ、破れかかっていたが、奇跡的に絵そのものは無事だった。彼はそれを拾い上げ、じっと見つめた。
それは末娘のナターシャが描いた、家族の絵だった。パパとママと三人の娘が、家の前で笑っている。下手くそな絵だった。しかし彼にとっては、どんな勲章よりも重い宝物だった。
粉塵の中のジューコフを、誰もが固唾を呑んで見守っていた。彼はいったい何を見つけたのか。何を考えているのか。長い沈黙の後、彼は絵をそっと胸にしまった。
そして——。
「ベルリン着」
ジューコフの声は、驚くほど穏やかだった。
「全員降りろ」
初めて、彼の口元がわずかに緩んだ。それは確かに、笑みだった。この二千キロの旅で、彼は怒号し、威圧し、前に進めと叫び続けてきた。しかし今、初めて彼は、笑った。
静寂を破ったのは、誰の声でもなかった。拍手でもなく、歓声でもなかった。
それは、笑い声だった。最初は誰かが小さく笑い、それが伝染し、やがて全員が笑っていた。疲れ果て、傷つき、それでも確かに生きている者たちの笑い声が、ベルリンの瓦礫にこだました。
「やったぞ! 終わったんだ!」
「生きてる! 俺たち、生きてるぞ!」
歓声が上がった。ソ連兵も、ドイツ兵も、誰もが同じように叫び、互いの肩を叩き合った。フォン・シュタインベルクはその光景を静かに見つめていたが、彼の目にも確かに涙が浮かんでいた。ハルトマンは無言で部下たちと抱き合い、バウマンは涙を拭いながら笑い続けた。オルロフ爺は機関車の残骸の上に座ったまま、ただ「やった、やった」と繰り返し呟いていた。
グロモフは、フォン・シュタインベルクの方を見た。二人の距離は十メートルほど。その間には瓦礫と死体と粉塵がある。しかし二人は、言葉を必要としなかった。ただ同時に歩き出し、瓦礫の真ん中で向かい合った。
グロモフは右手を差し出した。
フォン・シュタインベルクはその手を取った。
無言の握手。それだけで十分だった。その握手には、二千キロの旅のすべてが込められていた。二人の口元には、確かな笑みが浮かんでいた。
「少佐」
「なんだ、大尉」
「まだだ」
「何が」
「ジョークだ。今から言う」
「今か」
「今だからな」
グロモフはフォン・シュタインベルクの目を見た。青い目。しかしそこには、かつて敵として見ていた冷たさはない。それは、同じ戦場を生き延びた戦友の目だった。
「『二千キロ走ってきた列車が最後に言った——次の停車駅は、地獄だ』」
沈黙。
フォン・シュタインベルクは無表情でグロモフを見つめた。一瞬。二秒。三秒。そして——。
「……ふっ」
彼の口元が、ほんの少しだけ緩んだ。それはプロイセン貴族としてのポーカーフェイスを保とうとしながらも、失敗した瞬間だった。
「……笑ったな」
「笑っていない」
「笑った。俺にはわかる」
「気のせいだ」
「いいや。今、確かに笑った。キリレンコ、聞こえてるか。お前の言った通りだ。いつか誰かが笑うって。今、プロイセン貴族が俺のジョークに笑ったぞ!」
グロモフは空に向かって叫んだ。彼の目には、涙が浮かんでいた。しかしその顔は、確かに笑っていた。泣きながら笑う、それが彼の、戦場で培った感情のすべてだった。フォン・シュタインベルクは何も言わなかった。ただ黙って、グロモフの肩に軽く手を置いた。
◇ ◇ ◇
粉塵がゆっくりと晴れていき、冬の弱々しい太陽が顔を覗かせた。ベルリンの廃墟が、朝日に照らされて金色に輝き始める。遠くでは、まだ煙が上がっている。しかしゾンビの姿は、もうどこにもなかった。
終わったのだ。
モスクワを発ってから二千キロ。何度も死にかけ、仲間を失い、敵だった者と手を組み、幽霊と戦い、列車を乗り換え、戦車を貨車に積み、ついに彼らはここに到達した。
ジューコフは瓦礫の上に立ち、静かに周囲を見渡した。
その先に広がる光景は地獄だったが、その中で確かに笑い合う部下たちの声が聞こえる。彼はそっと胸ポケットに手を当てた。そこには妻と三人の娘たちの手紙と、末娘の絵が入っている。
「パパは、約束を守ったぞ」
彼は誰にも聞こえない声で、そう呟いた。
地平線から、朝日が昇る。
二千キロの旅が、今、終わった。




