第14話:鋼鉄の騎士たち③
日没前。ジューコフとフォン・シュタインベルクは、連結された戦車貨車の前に並んで立っていた。
「どうだ、少佐」
「……圧倒的だ。あのティーガーが、動く列車の上から撃てるとは思わなかった」
「まだ撃ってはいない。実戦はこれからだ」
「ええ。ですが、これだけの戦力があれば、ワルシャワのゾンビの壁も突破できる。ポズナンも。そして——」
フォン・シュタインベルクは言葉を切った。
「ベルリンも、ですか」
「そうだ」
ジューコフの返事は、いつも通り短かった。しかしその一言には、二千キロの旅の重みが込められていた。
「……私は、ドイツ人です。祖国の首都に向けて戦車砲を撃つことになる」
「嫌か」
フォン・シュタインベルクは長い沈黙の後、ゆっくりと言った。
「私の祖国は、すでにゾンビに食われている。撃つべきは、ゾンビの発生源です。そのために必要な火力を、あなたは提供した。ドイツ人として複雑な思いはあります。しかし指揮官としては、感謝します」
ジューコフはフォン・シュタインベルクの横顔をちらりと見た。プロイセン貴族のプライドが、これを受け入れるまでにどれほどの葛藤があったか。それは彼にも想像がついた。
「少佐。一つ、聞いておきたい」
「何でしょう」
「お前の騎士道精神とやらは、部下を守るためにあるのか。それとも誇りのためにあるのか」
フォン・シュタインベルクは少し考えてから、静かに答えた。
「……私はかつて、誇りのために騎士道を掲げていました。しかし今は違う。部下を生き延びさせるためなら、私はソ連の元帥とでも手を組む。誇りは、生きてこそ守れるものですから」
ジューコフは微かにうなずいた。それは彼なりの、最大限の敬意だった。
「よし。明日、出発する。今夜は最後の休息だ」
「了解しました。元帥」
二人は言葉を交わさず、それぞれの持ち場へと戻っていった。しかしその背中は、今朝よりずっと近くに見えた。
◇ ◇ ◇
夜が更けたワルシャワの操車場。イワン二号の周囲には、今夜もドイツ軍のテントが並んでいる。しかしその数は、昨夜よりずっと少なくなっていた。負傷者と非戦闘員の一部が、すでに客車の一角に収容され始めていたのだ。
まだ全員ではない。しかし少しずつ、ソ連兵とドイツ兵の距離は縮まりつつあった。ジューコフとフォン・シュタインベルクの間に交わされた「部下を一人も見捨てるな」という約束は、言葉通りに実行されつつあった。
バウマンは、ティーガー戦車のすぐ隣にテントを張っていた。
彼は眠れずに、星空を見上げていた。故郷ハンブルクは、ずっと西だ。ここから何千キロも離れている。婚約者のマリアは、無事だろうか。空爆で街は焼け、彼女が働いていたパン屋も——。
「おい」
声がして振り返ると、そこにはソ連の兵士が立っていた。若い。丸顔でそばかすが多い。どこか怯えたような目をしているが、その手には、固い黒パンの塊が握られていた。
「……何か」
バウマンは身構えた。まだソ連兵と話したことはなかった。殴られるかもしれない。殺されるかもしれない。
「これ。やる」
兵士はパンを差し出した。バウマンはぽかんとそれを見つめた。パンだ。固くて、少しカビの匂いがする、本物のパン。
「なんで」
「お前、さっきの工事でよく働いてた。あのIII号突撃砲、狭いところにうまく乗せてた。すげえ操縦だと思った」
兵士のロシア語は、バウマンにはほとんどわからなかった。しかし「パン」という単語だけは、彼にも理解できた。どこの国でも、それは同じものを指す。
「……フレープ?」
「そう! フレープ! うまいぞ、固いけど」
バウマンはパンを受け取り、一口かじった。固い。カビの味がする。しかし確かに、これはパンだった。故郷のパン屋で焼いていたものとは比べ物にならない。でも、パンはパンだった。
「……ダンケ。ダンケシェーン」
バウマンの声は震えていた。感謝の言葉が自然と口をついて出た。パンをくれた兵士、アントンはそれを聞いて「ダンケ」の意味がわからずにきょとんとした。でもすぐに、それが何か良い言葉だと理解して、照れくさそうに笑った。
「俺はアントン。お前は?」
「……エーリッヒ。エーリッヒ・バウマン」
「エーリッヒ。覚えた」
アントンはにっこり笑って、ボリスが待つ見張り台へと戻っていった。バウマンはしばらく、手の中のパンを見つめていた。それから彼はパンを半分に割り、半分を自分のポケットにしまい、残りの半分をゆっくりと食べた。
◇ ◇ ◇
食堂車では、グロモフとフォン・シュタインベルクが、別々のテーブルに座っていた。二人とも無言だったが、時折視線が交わった。敵同士だった指揮官たち。しかし今は、同じ列車の、同じ目的のために戦う者同士。
グロモフが先に口を開いた。
「……少佐。一つだけ聞きたい」
「何かな、大尉」
「あんたの部下たちは、なんであんたにあんなに信頼を寄せている」
フォン・シュタインベルクは少し考えてから、答えた。
「私が、彼らを決して見捨てなかったからだ」
「……それだけか」
「それだけで十分だ。大尉が部下に信頼されているのも、同じ理由ではないか」
グロモフはフォン・シュタインベルクの目を見つめた。青い目だった。しかしその目に宿っているのは、かつて敵として見ていた時の冷たさではなく、同じ指揮官としての重みだった。
「……少佐。今度、俺のジョークを聞いてもらっていいか」
「ジョーク?」
「滑るぞ。覚悟しとけ」
フォン・シュタインベルクは一瞬きょとんとしたが、それから声を出さずに笑った。プロイセン貴族がソ連の歩兵大尉のジョークを聞く。戦場ではありえない光景だった。しかしここでは、なぜか自然に思えた。
「楽しみにしている」
「期待するな。俺の副官は一度も笑ったことがない」
「副官殿の笑いのツボは、私よりさらに堅いのかもしれないな」
そのやり取りを、隣のテーブルで聞いていたキリレンコが、小さく咳払いをした。
「……大尉。今のジョーク、私は笑えましたよ」
「これはジョークじゃない!」
キリレンコは笑い、フォン・シュタインベルクも微かに口元を緩めた。グロモフだけが、むくれた顔でウォッカの瓶を探した。しかし、今夜はまだウォッカは回されていなかった。だから彼は、代わりに冷たい湯を一口すすった。
「……くそっ。ウォッカが飲みたい」
「大尉、酒がなくてもジョークは滑りますのでご安心を」
「うるさい!」
食堂車に、小さな笑い声が広がった。ソ連兵とドイツ兵が、同じ空間で笑う。それは、まだほんの小さな一歩だったが、確かに前に進んだ証拠だった。
◇ ◇ ◇
機関室では、オルロフ爺が一人、ウォッカの最後の数滴を機関車の床に垂らしていた。
一滴は初代イワンに。一滴はクズネツォフに。そして三滴目は、彼が「今ここで初めて知ったもの」、つまり明日への期待に。
「……足りねえな」
彼は空になった瓶を名残惜しそうに見つめ、それから窓の外の戦車貨車を見た。ティーガーのシルエットが、月明かりに浮かび上がっている。鋼鉄の獣たちは、静かに眠っているように見えた。
「イワン二号。明日はお前、あのデカブツを引っ張るんだぜ。大丈夫か」
蒸気が、シュウ、と短く漏れた。オルロフ爺はそれを返事だと受け取った。
「そうか。大丈夫か。そりゃ頼もしい」
彼は計器盤に手を置き、そっと撫でた。機関車はまだ温かかった。石炭がくすぶり、いつでも走り出せる状態を保っている。
「走れ、か。わかってるよ」
彼は操縦桿を握らず、今夜はただ、静かに座っていた。明日、ワルシャワを突破する。ゾンビで埋め尽くされた街を、この列車と戦車で突っ切る。それが彼の仕事だった。ただ走り、ただ前に進む。それだけだ。
◇ ◇ ◇
深夜。指揮車両で、ジューコフは一人、地図を広げていた。ワルシャワを突破すれば、次はポズナン。そしてベルリン。残り約八百キロ。
「ベルリンまで、あと少しだ」
彼は胸ポケットから、娘たちの手紙を取り出した。もう何度も読み返して、紙は擦り切れかけている。それでも彼は、毎晩この手紙を読むことを欠かさなかった。それが、彼の「前に進む」理由だった。
「パパは、まだ走っている」
手紙をしまい、彼は立ち上がった。明日の作戦はすでに頭の中にある。戦車貨車の一斉射撃でワルシャワ駅のゾンビの壁を突破し、その勢いのまま市内を通過する。途中停車はしない。突破あるのみ。
彼の目は、すでに戦場を見据えていた。




