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第14話:鋼鉄の騎士たち②

操車場の片隅で、工事の準備が進められていた。


イワン二号の最後尾、無蓋貨車が一両、改造のために切り離されている。全長約十二メートル、幅三メートルの鉄の平台。ここに戦車を積む。それも複数両。無茶だ。しかし、それがこの列車のやり方だった。


「図面ではこうだ。戦車は三両。ティーガー、IV号、III号突撃砲。それぞれ台座の上に固定する。台座は貨車の床に直接溶接する」


フィリポフは図面を広げ、集まった工兵たちに説明を始めた。ソ連の工兵が五名、ドイツの工兵が四名。彼らはそれぞれ工具箱を持ち、溶接機やスパナやボルトの箱を抱えている。その顔には、まだ互いへの警戒が浮かんでいた。


「ただし、問題がある。この貨車に通常通り戦車を積むと、砲身は真正面しか向かない。当たり前だが、客車が戦車の射線を塞ぐ」


「ではどうする」


ドイツ人側の工兵、ヨハン・ベッカー軍曹が口を開いた。四十代の無骨な男で、戦前はドレスデンの鉄道工場で機関車の整備をしていた。彼は図面を覗き込みながら、何かを考えているようだった。


「クズネツォフ中尉の遺した案では——」


フィリポフは図面の端に走り書きされたメモを指さした。


「土嚢をセメントで固めて、傾斜した台座を作る。その上に戦車を載せる。斜めに固定することで、戦車砲の仰角と射界を確保する。いわば、貨車の上で自走砲のような間接射撃を可能にする」


ベッカーは図面をじっと見つめた。それから、ゆっくりとうなずいた。


「理にかなっている。土嚢はどこに?」


「ワルシャワの廃墟でいくらでも調達できる。セメントは、工廠の在庫を探す。なければ瓦礫のレンガを砕いて代用する」


「工期は」


「クズネツォフ中尉の試算では、三日。しかし中尉は——」


フィリポフは少しだけ間を置いてから、言った。


「中尉は最初の列車改造を、一人でやり遂げました。今回は俺たちがいる。ドイツの工兵もいる。一日半で終わらせる」


ベッカーはフィリポフの顔を見た。若い。まだ三十にもなっていないだろう。しかしその目は、すでに数多くの修羅場をくぐってきた工兵の目だった。


「……了解した。我々はあなたの指揮下に入る。ただし——」


「ただし?」


「工具の貸し借りは、きちんと記録する。後で紛失したと言われては困る」


フィリポフは一瞬きょとんとし、それから小さく笑った。


「了解です。ドイツ式の几帳面さ、見習わせてもらいます」


「ドイツ式ではない。ベッカー式だ」


ベッカーは無表情でそう言って、工具箱を開けた。しかしその口元が、ほんの少しだけ緩んでいたことに、フィリポフは気づいた。


◇ ◇ ◇


工事が始まった。


最初の作業は土嚢作りだった。ワルシャワの廃墟から運び出された瓦礫と土砂を麻袋に詰め、セメントと混ぜ合わせる。冬の寒さでセメントは硬化が遅かったが、そこはソ連兵の知恵だった。少量の塩を混ぜ込むことで、凍結を防ぎながら硬化を早める。シベリア鉄道の保線作業で培われた、古い技術だった。


「よし、次の土嚢を」


フィリポフの指示で、兵士たちが黙々と作業を続ける。ソ連兵とドイツ兵は、まだ言葉を交わさなかった。しかし同じ袋を持ち上げ、同じセメントを混ぜ、同じ汗を流す中で、少しずつ「敵」という意識が薄れていくのがわかった。


オルロフ爺は機関室から出てきて、作業を見守っていた。彼の役目は列車の運行だが、工事が列車に与える影響を確認するのも機関士の仕事だった。


「フィリポフ。貨車の連結器は大丈夫か」


「計算上は。ティーガーIが約五十六トン、IV号が約二十五トン、III号突撃砲が約二十四トン。合計で百トン超。これだけの重量を一両の貨車に積むと、連結器と車軸にかなりの負荷がかかります。でも——」


フィリポフはクズネツォフの手帳を開いた。


「中尉の計算では、イワン二号の機関車出力なら牽引可能です。貨車の車軸は二軸のものを補強すれば耐えられる。彼はいつも、限界のさらに先を計算していました」


「……らしいな」


オルロフ爺は製造プレートをポケットの中で撫でた。限界のさらに先。それこそが、クズネツォフが生きてきた世界だった。


◇ ◇ ◇


作業が続く中、歩兵たちの役目は防衛だった。


グロモフは工事現場の周囲に防衛線を敷き、ゾンビの襲撃に備えていた。ワルシャワの街はゾンビで溢れている。今はまだ遠くにいるが、工事の騒音が彼らを引き寄せるのは時間の問題だった。


「大尉。北側に群れが見えます。距離約八百メートル」


キリレンコが屋根の上から報告した。彼は片腕を吊ったまま、双眼鏡で周囲を監視している。サーベルはまだ抜いていないが、いつでも抜ける位置にあった。


「数は」


「三十から五十。まだ少ないです。でも、騒音で集まってきてます。時間の問題かと」


「了解。小銃で対処できる数だ。機関銃は温存しろ。弾薬が心許ない」


「了解。あ、大尉」


「なんだ」


「ドイツ兵も撃ちます? それとも俺たちだけで?」


グロモフは少し考えてから、言った。


「ドイツ兵にも守るべき仲間がいる。邪魔しなければ好きにさせろ」


「りょーかい。まあ、ゾンビに国境はないですからね」


キリレンコは軽く笑って、屋根から降りていった。その軽やかさは、いつもと変わらなかった。


◇ ◇ ◇


最初のゾンビの襲撃は、工事開始から二時間後に来た。


数は約五十体。廃墟の間から現れた群れが、工事現場に向かって殺到してきた。多くはゾンビ化したポーランドの民間人だった。ぼろぼろの衣服、崩れた顔、それでもまだ前に進もうとする壊れた人体。


「撃て! 頭だけ狙え!」


グロモフの号令で、ソ連兵が一斉に射撃を開始した。小銃の乾いた発射音が連続し、ゾンビが次々と倒れていく。しかし数が増え始めていた。工事の騒音が、さらに多くのゾンビを呼び寄せている。


「右側面! あの崩れた路面電車の陰から!」


「了解!」


その時、ドイツ兵側の防衛線からも銃声が響いた。ハルトマン軍曹率いるドイツ歩兵部隊が、ソ連兵の右側面に出てきたゾンビを狙撃し始めたのだ。


「おい! 勝手に——」


グロモフが叫びかけて、やめた。ドイツ兵は、ソ連兵の射線を塞いではいなかった。むしろ、ソ連兵がカバーしきれなかった死角を完璧に補完していた。これは偶然ではない。彼らはプロの軍人として、瞬時に戦場を分析し、最適な配置を選んだのだ。


「……やるな」


グロモフは小さく呟き、自分の持ち場に集中した。


戦闘は三十分で終わった。ゾンビの群れは全滅し、新たな群れが来る気配はまだない。負傷者は数名。死者は、ソ連側もドイツ側もゼロだった。


戦闘後、グロモフとハルトマン軍曹は、言葉を交わさずに顔を見合わせた。ただそれだけだった。しかしそれだけで、十分なコミュニケーションだった。


「大尉」


キリレンコが近づいてきた。彼のサーベルはまだ鞘に収まっている。今の戦闘では、抜く必要がなかったのだ。


「ドイツ兵、使えますね」


「……ああ。驚いた」


「でしょ? 敵にしておくのは惜しいくらいです」


「まだ敵だ。忘れるな」


「忘れてませんよ。でも——」


キリレンコは遠くで整列しているドイツ兵たちを見ながら言った。


「剣を交えた相手だからこそ、わかることがあります。あのハルトマン軍曹、部下の命を大事にしてます。自分の命より、部下の命を優先する目をしてた」


グロモフは答えなかった。しかし彼も同じことを感じていた。


◇ ◇ ◇


戦闘の間も、工事は続いていた。


フィリポフとベッカーは、セメントが固まるのを待つ間、貨車の車軸補強に取りかかっていた。これが最大の難所だった。百トン超の重量を支えるには、貨車の二軸だけでは不安があった。彼らは予備の車軸を現地調達し、貨車の下部に溶接して補強するという、これまた無茶な工事を進めていた。


「この溶接が持つと思いますか」


フィリポフが尋ねると、ベッカーはしばらく考えてから答えた。


「……正直、わからない。しかし、これは鉄道ではない。戦場だ。持つかどうかは、走り出してから考えればいい」


「クズネツォフ中尉も同じことを言ってました。『直せないものはない。でも、まず走らせろ』って」


「良い上官だったのだな」


「最高の、です」


フィリポフの声が少しだけ震えた。それを見て、ベッカーは何も言わずに工具箱からスパナを取り出し、黙々と作業を再開した。それが彼なりの敬意だった。


◇ ◇ ◇


日が傾き、ワルシャワの廃墟が夕陽に染まり始めた頃。作業はほぼ完了していた。


土嚢台座は固まり、車軸の補強も終わった。あとは実際に戦車を積むだけだった。その作業は、戦車兵たち自身の手で行われることになっていた。彼らが自分の戦車を貨車に乗せ、自分たちで固定する。それが最も確実だからだ。


ティーガーIの前に、フォン・シュタインベルクが立っていた。


「少佐、本当にやるんですか」


バウマンが不安そうな声で尋ねた。


「やる。私が最初に乗せる。お前たちはそれを見て、次に続け」


フォン・シュタインベルクはそう言うと、ティーガーの操縦席に乗り込んだ。戦車のエンジンが唸りを上げ、排気管から黒煙が噴き出す。五十六トンの鋼鉄の巨体が、ゆっくりと動き出した。


「ゆっくり、ゆっくりだ……!」


フィリポフが誘導する。貨車の手前に設置された仮設のスロープ。厚さ十センチの鉄板を何枚も重ねて作った、急造の坂道だ。これが百トン超の重量に耐えられる保証はどこにもなかった。


ティーガーの履帯が鉄板を噛み、軋み音が響いた。しかし鉄板は、なんとか持ち堪えた。戦車はゆっくりと坂を登り、貨車の台座の上に乗り上げる。


「止まれ! その位置だ!」


フィリポフの叫びで、ティーガーは停止した。土嚢セメントの傾斜台座の上に、五十六トンの巨体が鎮座している。傾斜角度は約十五度。砲身は斜め前方四十五度を向き、ワルシャワの街を睨みつけていた。


「……成功だ」


フィリポフは額の汗を拭い、息を吐いた。彼の隣で、ベッカーが無言でうなずく。工兵たちの間に、小さな安堵のため息が広がった。


しかしすぐに緊張が戻る。あと二両。IV号戦車とIII号突撃砲が残っている。


「次、行きます!」


ハルトマン軍曹が操縦するIV号戦車が、スロープを登り始めた。こちらはティーガーより軽いが、貨車の残りのスペースは限られている。彼は慎重に、そして驚くほど正確に戦車を定位置に収めた。


「よし! 最後、III号突撃砲!」


バウマンは、そのIII号突撃砲の操縦手だった。彼は他の戦車兵たちの作業を見守りながら、無意識に握りしめていた手を開いた。手のひらに、汗がにじんでいた。


無事に積載が終わったら、次は彼の番ではない。彼の役割は、また別にある。それでも緊張は、この戦場にいる誰もが抱えているものだった。


最後のIII号突撃砲が、ゆっくりとスロープを登る。戦闘室の固定されたIII号突撃砲は、旋回砲塔を持たない。その代わり、車体前面に据え付けられた75mm砲が、傾斜台座によって上方を向き、まるで要塞砲のような威容を見せていた。狭い貨車の上で、三両の戦車が整列する。それは無骨で、狂気じみていて、しかし圧倒的な力強さに満ちていた。


貨車の上で、ティーガーI、IV号戦車、III号突撃砲が、それぞれの角度で砲身を空に向けている。まるで三匹の鋼鉄の獣が、獲物を待ち構えるように。


「全車、固定を確認!」


フィリポフの声で、工兵たちが最後のチェックを行った。戦車の履帯は太い鎖で貨車の床に縛り付けられ、車体は土嚢台座にボルトで固定されている。どれだけ揺れても、どれだけ衝撃が加わっても、外れないように。クズネツォフの図面通りに。


「固定完了! 工事、終了です!」


その瞬間、工事現場に奇妙な静寂が訪れた。


誰もが息を呑んだ。ソ連兵も、ドイツ兵も、工兵も、戦車兵も。全員が、同じものを見ていた。


一両の貨車の上に、三両の戦車。それが連結されたイワン二号。その威容は、もはや装甲列車の枠を超えていた。これは移動要塞だ。前代未聞の、走る戦車基地だった。


「……イワン二号」


オルロフ爺が、誰に言うともなく呟いた。


「お前、すげえことになったな」


蒸気が、シュウウウウと長く漏れた。それは誇らしげにも、呆れているようにも聞こえた。オルロフ爺はどちらでもいいと思った。ただ、今この瞬間、彼は確かに感動していた。機関士として、列車が成長する瞬間に立ち会えることは、これ以上ない喜びだった。


彼のポケットの中で、初代イワンのボルトとクズネツォフの製造プレートが、チャリ、と鳴った。


「……見てるか、クズネツォフ。お前の図面通りだぜ。完璧だ」


フィリポフはクズネツォフの手帳を胸に抱え、貨車の上の戦車たちを見上げた。


「中尉。できました。あなたの図面通りに。私、やり遂げました」


彼の声は誰にも聞こえないほど小さかったが、確かに、クズネツォフに届いた。彼はそう信じた。

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