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第14話:鋼鉄の騎士たち①

ワルシャワの夜明けは、凍てつく静寂とともに訪れた。


積雪は膝まで達し、吐く息は白く凍り、金属に触れた素手は一瞬で皮膚を奪われる寒さだった。零下十五度。ポーランドの冬は、ロシアに負けず劣らず容赦がなかった。


イワン二号の周囲に設営されたドイツ軍のテント群は、夜明けとともに動き始めた。将兵たちは寒さに震えながらも、規律正しく整列し、点呼を受けている。彼らの軍服はボロボロで、包帯を巻いた者も少なくない。しかしフォン・シュタインベルク少佐の指揮下にある限り、その背筋だけは決して曲がらなかった。


「総員、点呼完了。戦闘可能な将兵、九十八名」


報告を受けたフォン・シュタインベルクは、ゆっくりと列を見渡した。三百名を超えていた中隊が、ここまで減った。ゾンビにやられた者、飢えと寒さで倒れた者、そして狂って自殺した者。ワルシャワでの籠城戦は、彼の部隊を限界まで削り取っていた。


「……九十八名。それで十分だ」


彼は自分に言い聞かせるように呟いた。十分だ。生きているだけで十分だ。死んだ者たちのぶんまで、この九十八名を生き延びさせなければならない。


「バウマン」


「は、はい!」


若い戦車兵が、緊張した面持ちで駆け寄ってきた。エーリッヒ・バウマン上等兵。ハンブルクのパン屋の三男。丸顔でまだ少年の面影が残る彼は、十九歳には見えないほど幼く、そしてその目は、十九歳とは思えないほど疲れ切っていた。


「ティーガーの整備状況は」


「問題ありません。昨日の戦闘で履帯にダメージがありましたが、夜のうちに交換しました。エンジンも好調です。ただ——」


「ただ?」


「砲弾があと十二発です。榴弾は六発、対戦車榴弾は四発、あとは、ええと、名前の変なやつが二発」


「榴弾と対戦車榴弾、そして」


「ええと、PzGr.40っていうんですけど、名前が長くて。たしかタングステンでできてる硬いやつで……戦車用です。ゾンビに使うには、ちょっともったいないかもです」


フォン・シュタインベルクは微かにうなずいた。十二発。これだけでは、あと一度の大規模戦闘が限界だ。しかし、補給の当てはない。ソ連軍の列車と合流したとはいえ、彼らがドイツ軍戦車用の弾薬を持っているはずもなかった。


「IV号戦車は」


「ハルトマン軍曹が整備中です。砲弾はもう少しあります。III号突撃砲は二両とも健在ですが、固定戦闘室なので——」


「貨車に積むには適しているな。旋回できないが、防御戦闘では使える」


「はあ……貨車に積むって、本当にやるんですか」


「やる。やらねば、ここで全滅する」


バウマンはフォン・シュタインベルクの顔をちらりと見上げた。少佐は疲れている。しかしその目は、まだ戦う者の目だった。


「少佐。一つだけ、聞いてもいいですか」


「何だ」


「ソ連兵と、一緒に戦うんですよね。ぼく……どう接すればいいのか。この前まで、彼らは敵で。それにみんな、『ファシスト野郎』って——」


バウマンの声は震えていた。恐怖と混乱と、そしてほんの少しの期待。そのすべてが混ざった声だった。


フォン・シュタインベルクは少し考えてから、静かに答えた。


「私はプロイセン貴族だ。プロイセン貴族は、敵に対しても礼を尽くす。たとえ相手が礼儀を知らなくてもな」


「でもぼくは貴族じゃ——」


「お前はパン屋の息子だ。パン屋は、誰にでもパンを売る。敵にも味方にもな。それでいい」


バウマンは目をしばたたかせた。それから、小さく笑った。フォン・シュタインベルクが冗談を言うのは珍しかった。


「……じゃあ、パンでも焼きますか」


「あいにくと、この寒さでは生地が発酵しない。だが——」


フォン・シュタインベルクは、イワン二号の方を見た。食堂車から、かすかに煙が上がっている。何かを煮ているのか、あるいは湯を沸かしているのか。いずれにせよ、そこには「暖かさ」があった。


「心を開くのに、パンは悪くない。覚えておけ」


「は、はい」


バウマンはうなずいた。彼はまだ恐怖を拭えていなかった。しかし少なくとも、少佐が隣にいる限り、自分は逃げ出さないでいられる。そう信じることができた。


◇ ◇ ◇


イワン二号の機関室で、オルロフ爺は朝から忙しなく動き回っていた。


彼は工具箱を広げ、イワン二号の機関部を総点検していた。今日、これから行われる大工事に備えて、列車の状態を完璧にしておく必要があった。


「蒸気管は無事。圧力計も正常。ボイラーの圧力は——よし、いい感じだ」


彼は計器盤を拳で軽く叩いた。計器の針がピクリと跳ね、また正常値に戻る。


「イワン二号。今日はな、お前に新しい仲間ができる。戦車だ。それもドイツ製のデカブツだ。どう思う?」


蒸気がシュウ、と小さく漏れた。彼はそれを「別にいいんじゃないか」という返事だと解釈した。彼の耳には、イワン二号の蒸気の音が、次第に「言葉」に聞こえるようになってきていた。狂っているのか、それとも機関士としての完成形なのか。彼自身にもわからなかったが、気にしなかった。


「お前はドイツ製だ。あの戦車もドイツ製だ。つまり同郷だ。仲良くしろよ」


彼はウォッカの最後の一瓶を取り出し、名残惜しそうに一口含んだ。瓶の底が見え始めている。


「くそっ。あと数時間も持たねえ。元帥は『次の補給地点で最優先調達』だとよ。威勢はいいが、この荒野のどこにウォッカが——」


「オルロフ爺さん」


声がして振り返ると、見知らぬ若い兵士が機関室の入り口に立っていた。ソ連の軍服。しかし武器は持っておらず、代わりに工具箱を肩に担いでいる。ツナギには油の染みがつき、手には溶接用の皮手袋。顔には煤がこびりついていたが、その目は驚くほど澄んでいた。


「……誰だ」


「ユーリー・ヴァシリエヴィチ・フィリポフ軍曹です。工兵隊の、その生き残りで。クズネツォフ中尉の下で働いていました」


オルロフ爺の手が止まった。クズネツォフ。スモレンスクで散った工兵隊長。イワン二号を走らせるために、自ら手榴弾を抱えて爆死した男。


「……ああ。あいつの部下か」


「はい。今回の工事、私が指揮を任されました。と言っても、クズネツォフ中尉の遺したメモと図面があるからできることで——」


「見せろ」


フィリポフは工具箱の中から、ボロボロのノートを取り出した。クズネツォフの手帳だった。表紙は焼け焦げ、紙は煤で汚れている。しかし中身は、几帳面な文字と図面でびっしりと埋め尽くされていた。


「これは、彼がスモレンスクを出る前にまとめたものです。貨車の改造方法、車軸への負荷計算、戦車の固定方法。ここに、戦車を貨車に積む場合の図面もあります」


オルロフ爺はノートを手に取り、ページをめくった。クズネツォフの文字。彼は生前、すでにこの事態を想定していたのだ。鹵獲した戦車を貨車に積み、列車の火力を強化すること。彼はそれを「いつか必要になる」と予見し、図面まで引いていた。


「……あの野郎。どこまで先を読んでやがる」


オルロフ爺は声を詰まらせた。ノートの最後のページ。そこには、キリル文字でたった一言が書かれていた。


「走れ」


イワン二号の製造プレートに刻まれたのと同じ文字。彼は最期の瞬間、同じ言葉をオルロフ爺に託した。そしてそのずっと前から、彼は同じ言葉を自分の手帳に刻んでいた。


「……軍曹。名前はフィリポフと言ったな」


「はい」


「お前がクズネツォフの代わりをやるのか」


「代わりは無理です。でも、彼の遺したものを活かすことはできます」


フィリポフの声には、自信と謙虚が同居していた。彼はクズネツォフのようにはなれない。しかし彼は、クズネツォフが遺したものを継ぐことはできる。それで十分だと、彼は思っていた。


オルロフ爺はノートを閉じ、フィリポフに返した。


「いいだろう。今日からお前は、この列車の工兵隊長だ。まだ軍曹だがな。生きてたら、そのうち昇進する」


「……ありがとうございます。機関士どの」


「オルロフ爺でいい。機関士どの、はくすぐったい」


オルロフ爺は立ち上がり、フィリポフの肩を叩いた。力強い、機関士の手だった。


「さあ、仕事だ。戦車を貨車に積むんだろ? 図面はある。工具はある。あとは人手だ。ドイツ兵も使え。文句は俺が黙らせる」


「了解です」


フィリポフはうなずき、工具箱を背負い直した。彼の目には、すでに次の仕事を見据える工兵の光が宿っていた。

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