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9/13

秘密のスケジュール帳

1

スマートフォンのカレンダーアプリを開くと、そこにはカラフルな色分けで、隙間なく文字が敷き詰められていた。

【月曜:放課後・蓮くん(マンション)】

【火曜:18:00・直人さん(渋谷・ホテル)】

【水曜:放課後・小林くん(部活前・部室裏)】

【木曜:17:30・他校サッカー部・駿くん(カラオケ)】

【金曜:放課後・蓮くん / 深夜・SNSの「K」】

それは、普通の高校一年生が送る瑞々しいライフワークとは程遠い、肉体と自尊心のハシゴを記録した、私だけの秘密のスケジュール帳だった。

六月中旬。止まない雨が窓ガラスを伝い落ちる蒸し暑い放課後、私は1年B組の教室で、一人机に残ってスマホの画面をタップしていた。

教室のあちこちから、男子たちの熱い視線が刺さるように飛んでくる。今の私は、千葉の田舎から片道1時間かけて通うただの女子高生ではない。この学校の、いや、この地域の一軍男子たちが誰もが一度は声をかけたいと願う、圧倒的な『高嶺の花』だった。

「吉岡さん、あのさ……」

声をかけてきたのは、クラスでも大人しいグループに属する、図書委員の男子だった。プリントを握りしめる彼の手はガタガタと震えており、私のミルクティーベージュの髪や、うっすらと胸元のラインが透ける制服のブラウスに、どこを向ければいいか分からないといった様子で視線を泳がせている。

「なぁに? 宮本くん」

私はスマホを伏せ、わざと椅子の背もたれに体を預けて、彼をまっすぐに見つめた。少しだけ口元を緩め、小首を傾げる。それだけで、彼の顔は耳の付け根まで一気に真っ赤に染まった。

「こ、これ……次の国語の、グループワークの資料。吉岡さんの分、おいておくから」

「わぁ、ありがとう! 宮本くんっていつも細かいところまで気がつくよね。すっごく助かっちゃうな」

「あ、う、うん……! じゃあ!」

彼はそれ以上の言葉を紡ぐこともできず、逃げるように教室を出て行った。

その後ろ姿を見送りながら、私は唇の端を吊り上げた。

(あはは。本当に面白い。男の人って、なんでこんなに簡単に壊れちゃうんだろう)

中学時代、私が同じようにクラスの男子に話しかけたら、彼らは「うわ、デブ菌が移る」「眼鏡の度が強すぎて気色悪いんだよ」と吐き捨てていた。あの時の彼らにとって、私は人間ですらなかった。

それが今、どうだ。私が少し声をワントーン高くして、名前を呼んで微笑みかけただけで、男たちはまるで至高の女神に拝謁したかのように取り乱し、従順な奴隷のようになる。

恐怖? そんなものは、もうとっくに忘れた。

今の私にとって、男という生き物は、私の手の中で転がされ、私の歪んだ自尊心を育てるための、ただの『餌』に過ぎない。

ポケットの中で、スマホが短いバイブレーションを繰り返す。

画面を見ると、蓮からのメッセージ。

『神崎蓮:繭、今日部活休みになった。今からうち来れるだろ? 頼むから来てよ。会いたくて頭おかしくなりそうなんだ』

続いて、小林からのメッセージ。

『小林:繭、今日の夜さ、渋谷のネカフェ行かね? こないだの続きしたいんだけど。お前のあの身体、忘れらんねえわ』

さらに、大学生の直人さんからの着信履歴。

学校の王様も、サッカー部のエースも、夜の街の年上男も、みんな私のこの細いウエストと、出るべきところが出た56キロの身体を求めて、狂ったように私を追いかけている。

二つの顔、三つの肉体。それを使い分けるたびに、私の心の中にぽっかりと空いた暗い水槽の底に、極上の蜜が注がれていくような全能感があった。

けれど、どれだけ多くの男から「可愛い」「最高だ」と囁かれても、その蜜は一瞬で蒸発し、翌朝にはまた、耐えがたいほどの虚無感が私を襲うのだ。もっと、もっとたくさんの男でこの穴を埋め尽くさなければ、私はまたあの、誰も見てくれない「電子肉」に戻ってしまう。そんな強迫観念が、私の背中を狂ったように押し続けていた。

2

「――っ、はぁ、繭、お前、本当に……っ!」

激しい雨の音が響く、薄暗い直人さんのセレクトルーム。

安っぽい合成皮革のベッドの上で、私は四人目の男――直人さんの紹介で知り合った、インカレサークルの幹部だという21歳の男、達也たつやの身体を受け入れていた。

直人さんに連れて行かれた高級タワーマンションのパーティー。そこで私は、「直人のツレの、めちゃくちゃ可愛いJK」として、大人の男たちの注目の的になった。みんなが私のスタイルを褒め、私のグラスに高級なアルコール(私はジュースのフリをして口をつけなかったが)を注ぎ、こぞって連絡先を求めてきた。

その中から、一番強引で、私の身体をいやらしい目で見つめていた達也を選び、私はパーティーを抜け出してこの部屋へとやってきたのだ。

達也の愛撫は、蓮や小林のような高校生の拙いものとは違い、暴力的で、容赦がなかった。私の制服のスカートを乱暴に捲り上げ、下着を剥ぎ取る。

「お前、JKのくせに、随分と慣れた身体してんじゃん。直人だけじゃなくて、色んな男に抱かれてるんだろ?」

達也が私の顎を強く掴み、濁った目で私を覗き込む。

普通の女の子なら、そんな汚い言葉を投げかけられたら、屈辱で涙を流すかもしれない。

けれど、今の私の内情は、どこまでも冷徹で、そして異常なほど昂っていた。

「ふふ、どうでしょう……。達也さんが、確かめてみたらいいじゃないですか」

私は自ら達也の首に両腕を回し、彼の耳元に唇を寄せた。

「それとも、私みたいな女子高生に、圧倒されちゃうのが怖いの?」

「――お前、なめやがって……っ!」

達也の目に、本気の獣の火が灯るのを見た。

その瞬間、私の肉体は、彼の暴力を歓迎するように自ら肢体を開いた。

3

「あ、んっ……は、あぁぁぁ……っ!!」

激しい衝撃が私の身体を貫く。達也の硬く、太い質量が、私の身体の最も奥深い粘膜を容赦なく擦り上げていく。

痛いほどの衝撃。けれど、今の私の身体は、その刺激をすべて強烈な快感へと変換する術を知っていた。

私はベッドのヘッドボードに手をかけ、自ら腰を激しく突き上げるようにして達也の動きに応じた。

慣れて、積極的になった私の内情。それは、ただ快楽に溺れているのではない。男の肉体を利用して、相手の理性を完全に破壊し、自分の支配下に置くための、濃厚な攻防戦だった。

(ほら、もっと、もっと狂って。大人の男のくせに、現役の女子高生の身体に溺れて、理性を無くしてよ)

達也の呼吸が完全に狂い、彼の額から大量の汗が私の肌へと滴り落ちる。彼は私のウエストを折れそうなほどの力で掴み、何度も、何度も、壊すようなピストンを繰り返した。

「繭……お前、ヤバい、マジで締まりが、良すぎる……っ!」

「あ、は、っ……んぅ! 達也さん……もっと、きつくして、私を……めちゃくちゃにして……っ!」

自ら髪を乱暴にかき上げ、上目遣いで彼を挑発する。相手の欲望の波を完全にコントロールしている感覚。

ベッドの中で交わされる、肉体と肉体が激しくぶつかり合う生々しい水音。

私は彼の背中に爪を立て、その肉体に自分の存在を深く刻み込もうとするかのように、何度も腰を揺らした。

かつて、初体験の夜に感じていた「私は今の『偽物の私』を消費されているだけだ」という孤独。

それは今、より退廃的な万能感へと進化していた。

消費されているんじゃない。私が、この男たちの剥き出しの欲望を消費し、私の自尊心の肥やしにしているのだ。私を「デブ」と笑った世界への、これが私なりの、最も過激で能動的な復讐。

「――っ、くそ、出っ……出すぞ、繭……っ!」

達也が私の身体を強く抱きしめ、限界まで腰を突き入れた。

その瞬間、私の身体の奥底で、熱い塊が爆発するように広がっていく。

強烈な快楽の絶頂の中で、私は高い悲鳴を上げ、全身をビクビクと硬直させた。

「あ、はぁ……っ、ん、あぁぁ……っ!!」

部屋の中に、男の荒い呼吸と、私の艶やかな喘ぎ声の余韻だけが残る。

達也は完全に疲れ果て、私の身体の上に重くのしかかってきた。

私は彼の背中を優しく撫でながら、薄暗い天井の、シミの浮き出た壁紙をじっと見つめていた。

快感の嵐が去った後の頭の中は、驚くほど静かで、そして、冷たい氷の海のように凍りついていた。

(四人目。私は、四人目の男の味を知った。……次は、誰?)

4

深夜、終電間際の下り電車。

地元の駅へと向かう車内は閑散としており、乗客はまばらだった。

私は電車のドアのガラス窓に寄りかかり、そこに映る自分の姿を見つめていた。

ミルクティーベージュの髪は、男の汗と部屋の湿気で少しうねっている。カラコンを入れた瞳は、驚くほど大きく、けれどビー玉のように中身が空っぽだった。制服のブラウスの襟元からは、タバコと、自分のものではない安物の香水の匂いが混ざり合って漂っている。

ポケットの中で、スマホがまたブルッと震えた。

ラインを開くと、そこには異常なまでのメッセージの数が並んでいた。

神崎蓮から、20件以上の連投。

『神崎蓮:なんで返事くれないんだよ。今日、部活の後、お前の家の近くまで行ったんだぞ』

『神崎蓮:小林といるんだろ? 分かってんだよ。あいつ、今日部活でニヤニヤしてやがった』

『神崎蓮:繭、頼むから。俺を一人にしないでくれ。お前がいないと、俺、死にそうなんだ』

学校の王様だったはずの蓮くんが、私の返信一つに命を乞うようにして、精神を崩壊させている。

そのメッセージを読みながら、私の唇から、乾いた笑いが漏れた。

「あはは……。可哀想な蓮くん。でも、もう遅いよ」

私は蓮を狂わせている。小林を狂わせている。直人さんを、達也さんを、みんな私の身体一つで狂わせている。

学校では『誰の誘いにも乗らない、清楚で完璧な高嶺の花』。

裏では『複数の男をハシゴして、その肉体と精神を貪り尽くす女』。

二つの世界を完璧にコントロールしている。私は、この新しい高校デビューという名の過剰な世界に、完璧に適応したんだ。

けれど、スマートフォンの画面をスクロールする私の指先は、微かに、けれど確実にガタガタと震えていた。

秘密のスケジュール帳は、もうこれ以上、予定を書き込むスペースがないほどに埋まっている。

来週の放課後も、再来週の週末も、私の身体は男たちの欲望によって予約されている。

(私は、どこまで行けばいいの?)

(私は、誰に抱かれれば、本当の意味で満たされるの?)

答えを知る者は、どこにもいなかった。

電車の窓ガラスに映る私の擬態の笑顔は、梅雨の夜の暗闇に溶けて、今にも消え入りそうに歪んでいた。

(第10話へ続く)

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