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暴かれた素顔

1

その日の朝、学校の正門をくぐった瞬間から、空気の密度が明らかに違っていた。

いつもなら、私が入るだけで男子たちの視線が熱っぽく集まり、女子たちからは「繭ちゃん、おはよー!」と黄色い声が飛んでくるはずの空間。それが、今朝は違う。私の一歩ごとに、周囲の生徒たちがサッと波が引くように距離を置き、ひそひそと顔を見合わせながらスマートフォンの画面を指差している。

(なんなの……? みんな、私のこと見て……)

心臓が、肋骨の裏側を壊すような勢いで早鐘を打ち始める。

冷たい汗が背中を伝い、せっかく入念に巻いたミルクティーベージュの髪が、湿った首筋にじっとりと張り付く。

1年B組の教室のドアを開けた。

その瞬間、それまでガヤガヤと騒がしかった教室が一変して静まり返った。

教卓の周りに集まっていた女子グループも、サッカー部の男子たちも、全員の視線が突き刺すように私に集中する。その目は、憧れや羨望ではなく、明らかな「好奇の目」と「軽蔑」、そして泥に落ちた高級品を嘲笑うような、酷く下俗な色に満ちていた。

「あ、繭ちゃん……おは、よ……」

沙耶が、怯えたような顔で私を呼び止める。彼女の手にあるスマホの画面が、私の目に入った。

学校の公式裏掲示板、そして一軍グループのグループライン。そこに、信じられない画像が何枚もスクロールされていく。

一枚目は、昨日の夕方、私が蓮のマンションに入っていく後ろ姿。

二枚目は、その窓越しに、激しく乱れる影のシルエット。

――そして、三枚目の画像を見た瞬間、私の視界は完全に血の気が引いて、真っ白になった。

それは、分厚い眼鏡をかけ、顔中にニキビを浮かべ、首の肉が二重にたるんだ、見るも無惨な太った女子中学生の写真。修学旅行の集合写真か何かから、私の顔の部分だけを悪意を持って拡大した、紛れもない私の**『中学時代の卒業アルバムの写真』**だった。

その下には、無数の匿名コメントが躍っていた。

『これマジ? 今の吉岡繭の正体、このデブ眼鏡なの?www』

『整形かと思ったら、死ぬ気のダイエットとメイクの擬態らしいぞ。詐欺だろこれ』

『神崎と小林を二股かけて、裏では大学生ともやってるらしい。見た目だけ一軍のフリして、中身はただのハズレ地味子じゃん』

「う、嘘……何、これ……っ」

私の口から、情けない悲鳴が漏れた。

誰がこんなものを流したの。私の、一番隠したかった、一番消し去りたかった過去。血を吐くような思いで15キロ痩せて、毎日鏡の前で泣きながら練習したメイクで、ようやく手に入れた『完璧な美少女』の仮面。

それが、このたった一枚の不細工な写真のせいで、一瞬にしてただの「哀れな高校デビューの化け物」へと引きずり下ろされた。

「おい、吉岡」

不意に、目の前に影が差した。見上げると、小林くんが、今まで見たこともないような冷酷で、汚いものを見るような目で私を見下ろしていた。

「お前さ……俺や神崎を騙して、裏で良い気になってたわけ? この写真、マジなんだ。ウケる。こんなデブ眼鏡の過去隠して、一軍のフリして男ハシゴしてたんだな」

「ち、違う、私は……っ」

「神崎も今、部室で頭抱えて怒り狂ってるよ。学校の王様が、こんな高校デビューのハズレ地味子に狂わされてたなんて、マジで笑えない冗談だわ」

教室のあちこちから、クスクスという忍び笑いが漏れ始める。

昨日まで私を女神のように崇めていた宮本くんも、図書室の男子たちも、全員が手のひらを返したように私を蔑んでいる。

私のメッキは、剥がれたんじゃない。完全に叩き割られたのだ。

2

「嫌……っ、嫌ぁ……っ!」

私はカバンを床に放り投げ、教室のドアを飛び出した。

後ろから誰かが私を呼ぶ声も、笑い声も、すべてが世界の終わりの轟音のように耳の奥で鳴り響いていた。

土砂降りの雨が降る外へ飛び出し、濡れるのも構わずに走り続けた。

メイクが雨で流れ、黒いマスカラが頬を伝い落ちる。カラコンがズレて視界が歪む。その様子すら、今の私にはどうでもよかった。

行き着いたのは、学校から遠く離れた、場末の寂れたラブホテルのロビーだった。

ガタガタと震える手で、スマホを取り出す。

蓮からも、小林からも、すでに連絡はブロックされていた。私を「可愛い」と言ってくれた一軍の男たちは、私の過去を知った瞬間に、一斉にクモの子を散らすように消え去った。

私は、もう理性を失っていた。

この現実から逃げ出せるなら、誰でもよかった。自分を「可愛い」と言って、この醜い中身を忘れさせてくれる男なら、誰でも。

私は名前も知らない裏アカウントで、今いるホテルの部屋番号と共に、狂ったようにメッセージを送信した。

『誰でもいいから、今すぐ来て。私をめちゃくちゃにして、消し去ってよ』

30分後。ホテルの部屋のドアを乱暴に叩く音がした。

鍵を開けると、そこに立っていたのは、SNSで知り合った、私の中学時代の過去なんて何も知らない、ただの「肉体を消費しにきた」面識のない二十代の男だった。

「お、ラッキー。本当にJKじゃん。雨でずぶ濡れで、なんかエロいね」

男は私のミルクティーベージュの髪を乱暴に掴み、部屋の中へと押し込んだ。

私は、その男の顔を見ることもせず、自ら制服のブラウスを破るようにして脱ぎ捨てた。

「早く……早くして……私を、壊して……っ!」

3

「あ、んっ……は、あぁぁぁ……っ!!」

安っぽいベッドが激しくきしむ音が、部屋の中に響き渡る。

男の荒々しく、雑な質量が、私の身体を容赦なく貫いていく。

雨でメイクが完全に落ち、ドロドロになった私の顔を見て、男は「顔はなんか微妙だけど、身体はマジで最高だな」と吐き捨て、容赦なく腰を打ち付けてきた。

屈辱だった。絶望だった。

でも、その圧倒的な痛みと快楽の濁流の中でしか、私は自分の存在を保てなかった。

(あぁ、私は結局、これなんだ)

どれだけ痩せても、どれだけ可愛い服を着ても、私の本質はあの「電子肉」のままだ。

高校デビューがバレて、学校の居場所をすべて失って、神様だった蓮くんにも捨てられて。私に残されたのは、男たちの欲望を処理するためだけの、この56キロの身体だけ。

私は男の首にしがみつき、自ら激しく腰をのけぞらせて、彼の突き上げを限界まで受け入れた。

慣れてしまった肉体は、精神がどれだけ絶望していても、自動的に熱い蜜を分泌し、男の質量を締め付けていく。その肉体の「過剰な適応」そのものが、今の私にとっての最大の自傷行為だった。

「ひ、ぁ……っ、ん、あぁぁ……っ! もっと、もっと強くして……っ、私の中、ぜんぶ壊して……!」

涙と鼻水、そして流れ落ちたマスカラで顔をめちゃくちゃに汚しながら、私は絶叫した。

男は私の狂気的な様子に一瞬怯えながらも、すぐに欲望を再燃させ、獣のような声を上げて私の奥深くにすべてをぶちちまけた。

「――っ、あぁぁぁ……っ!」

脳が真っ白になるほどの強烈な絶頂の波が押し寄せる。

でも、その快感の底にあるのは、完全な闇だった。

4

男が帰った後、私は一人、ホテルのベッドの上で下着姿のまま丸まっていた。

スマートフォンの画面には、学校の掲示板のURLが延々と貼られた通知が、今も鳴り止まない。

私の「中学時代のデブ眼鏡の写真」と「今の美少女の写真」が比較され、面白おかしく拡散され続けている。

私の高校デビューは、これ以上ないほど最悪な、メチャクチャな形で完全に幕を閉じた。

浴室の鏡の前に立つ。

そこに映っていたのは、髪はボサボサに乱れ、メイクは完全に崩れ落ち、男に付けられたキスマークと傷跡だらけの、ただの「吉岡繭」の哀れな姿だった。

「……あはは。あはははは!」

私は鏡の中の自分に向かって、狂ったように笑い声を上げた。

完璧な擬態は終わった。世界は私を裏切り、私は再び、底辺へと叩き落とされた。

でも、不思議と、胸の奥の焦燥感は消えていた。

すべてを失って、メチャクチャになったからこそ、もう何も怖がる必要はない。

崩壊したカーストの瓦礫の中で、私の瞳に、今までとは違う、ドス黒く濁った「本当の覚醒」の光が灯り始めていた。

(第12話へ続く)

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