第4話 ダンジョンと、パーティと、わたしだけ
冒険者ギルドの掲示板に、人が集まっていた。
「勇者様、なんて書いてあるニャン」
背伸びしながら、ニャリエナが聞いた。
「……えっと」
アルファスは眼鏡を押し上げた。
「近隣のダンジョンに魔獣が巣を作ったようで……討伐イベントを……参加者募集、と……」
「行くニャン」
「い、いや……その……僕なんか参加しても……えっと……Eランクですし……」
「行くニャン」
ニャリエナはアルファスを引っ張るようにして、受付へ歩き出した。
パーティ募集の受付に並んでいたのは、実力がありそうな三人組だった。冒険者ランクはCらしい。
前衛の大剣使い、後衛の魔法使い、それから斥候らしき軽装の男。
全員がアルファスを一瞥して、それから顔を見合わせた。
「……お前も、討伐イベントに参加したいって?」
「は、はい……その……足手まといにはならないよう……あわわ……」
「Eランクだろ」と大剣使いが言った。「冗談だよな」
「どう考えても足手まといだろ」と魔法使いも肩をすくめる。
「荷物持ちなら使えるんじゃないか」と斥候が笑った。
アルファスは小さく頷いた。
「荷物持ち……僕には……その……ぴったりかなと……」
ニャリエナは三人のにおいを嗅いだ。強い。でもアルファスには及ばない。
「この人、強いニャン。役に立つニャン」
三人がニャリエナを見た。
「……獣人奴隷か」と魔法使いが言った。
「まあ、荷物持ちが二人増えると思えば、悪くねえか」
渋々、という顔だった。
ダンジョンの入口は、街外れの丘の中腹にあった。ダンジョンの中は薄暗く、じめじめしていた。
道中、アルファスは荷物を三人分まとめて背負わされていた。ぶつぶつと独り言を言いながら歩いている。
「この重量配分だと左肩に負荷が……いや右足で補正すれば……うん……」
「うるさい」と斥候が言った。
「す、すみません……」
ニャリエナはアルファスの隣を歩きながら、三人の背中を眺めた。
においを確認する。自信のにおい。油断のにおい。アルファスへの軽蔑のにおい。
ニャリエナには、軽蔑のにおいの意味だけがわからなかった。
最初の魔獣が現れたのは、入ってすぐだった。
大剣使いが一閃した。斥候が死角を刈り取った。魔法使いが残りを薙ぎ払った。
あっという間だった。
「はっ」と大剣使いが笑った。「Eランクの出番なんかないな」
「荷物持ちは後ろにいろよ」と斥候が言った。「邪魔だから」
アルファスは何も言わなかった。ただ眼鏡を押し上げて、小さく頷いた。
「……はい……すみません……」
ニャリエナは唇を結んだ。
「なあ」と斥候がアルファスに言った。「報酬の分配、聞いてるか」
「……いえ……」
「俺たちが九、お前らが一だ。荷物持ちの取り分としては破格だろ」
くくっと笑い声が上がった。
「文句あるか? Eランクの荷物持ちに」
「……な、ないです。えっと……同行させてもらえるだけで……ありがたくて……」
アルファスは静かに答えた。
ニャリエナは三人に何か言ってやりたかった。でも、アルファスが何も言わないので口を閉じた。
中層に差し掛かった頃、突然地面が揺れた。
「くそっ、何だ?」
動揺から立ち直る暇もなく、天井から、何かが落ちてきた。
それは、鱗に覆われた巨大な胴体を持つ魔獣だった。四本の太い腕、目が六つある。
討伐イベントの対象の魔獣より、明らかに格上だった。
「な、何だこいつは!」
三人が構えた。先手必勝とばかりに大剣使いが踏み込んだ。
ガキン! 刃が鱗に弾かれた。
「硬い——」
魔法使いが呪文を唱えた。
炎が魔獣を包んだ。でも鱗が赤く輝いただけで、ひるむ様子もない。
斥候が隙を突いて側面に回ったが、尾に薙ぎ払われ、吹き飛んだ。
斥候は壁に叩きつけられて、動けなくなった。
「くそっ、いったん退く——」
振り向いた瞬間動きが止まった。退路が塞がれていた。もう一体いた。
魔法使いが後退し斥候に肩を貸す。
大剣使いが盾を構えるが、魔獣の攻撃を避けきれず、尻もちをついた。大剣使いの真上で、魔獣の巨大な脚が持ち上がった。
足が、振り下ろされる。大剣使いは青ざめた顔で、目を閉じた。
「失礼……します」
声と共に、間に誰かが入った。荷物が地面に転がる音がした。
大剣使いが目を開けると、アルファスが剣を抜き、魔獣の脚を両腕で受け止めていた。
眼鏡がズレ、足が地面にめり込んでいる。
「……うぐっ……重いですね……」
そのまま、横に投げた。魔獣の巨体が壁に激突した。
アルファスの縮こまっていた気配が、すうっと消え、背筋が伸びた。
眼鏡の奥の目が細くなって、二体を静かに見渡す。
「行かせて……もらいます」
アルファスが独り言を始めた。
「こいつの鱗の継ぎ目は頸部と脇腹……あと眼窩……六つ目があるということは視覚情報の処理が分散してるはずで……死角は真後ろじゃなくて斜め下……鱗に隙間が……そうだな……内部から氷結系で……」
最初の一体があっという間だった。
脇腹の鱗の継ぎ目に剣を滑り込ませて、そのまま魔法を流し込む。氷結の魔力が内側から広がって、巨体が力を失い倒れた。
二体目が反応する前に回り込んで、頸部に同じことをした。
静かになった。
他の三人は眺めるだけで、全く動けなかった。
ニャリエナの心臓だけが、早い鼓動を刻んでいた。
アルファスは剣を収めて、荷物を拾い上げた。眼鏡を押し上げ、肩が縮こまった。
「……す、すみません……しゃしゃり出てしまって……僕なんかが……あわわっ……」
ギルドに戻った時、報告をしたのはパーティリーダーの大剣使いだった。
「俺たちが三人で仕留めた。想定外の個体だったが、問題なく対処した」
受付の男が頷いて、書類に書き込んでいく。
「ああ、強敵だった。危なかったが、連携でなんとかなったな」
「後ろの二人は荷物持ちだ。まあ邪魔にはならなかったな」
魔法使いと斥候の言葉も後に続く。
アルファスとニャリエナは後ろへ追いやられていた。アルファスは何も言わなかった。
「勇者様」とニャリエナが言った。
「は、はい……」
「あいつら、嘘ニャン。違うニャン」
アルファスは眼鏡を押し上げた。
「……いえ、その……僕なんて荷物持ちでしたし……皆さんが頑張ったのは、本当ですから……」
受付の男が書類を書き終える。
「特殊個体二体の討伐確認。パーティランクをCからBへ昇格」
三人の顔が明るくなった。
「おお、マジか!」
「一気にBかよ」
「やったな!」
ギルドの空気がざわつく。
「Bランク!? あの三人が?」
「特殊個体を倒したらしいぞ」
周囲の冒険者たちの視線が集まり、三人はぎこちなく笑った。
ニャリエナは耳を伏せる。
「違うニャン……」
だがその声を聞いている者は誰もいない。アルファスは首を横に振りながら、ニャリエナを引っ張った。
そして、二人でトボトボとギルドを後にした。
受付の男が、感心したように頷いた。
「ちょうど良かった。Bランク向けの討伐依頼が来ている」
三人の表情が止まる。
「今回お前たちが倒した特殊個体と、同程度の魔獣討伐依頼だ」
受付の男は依頼書を差し出した。
「昇格直後だが、お前たちなら問題ないだろう。ギルドとしても期待している」
周囲から声が飛んだ。
「おお、さっそくBランク依頼か!」
「期待されてんな!」
「すげえじゃねえか!」
三人の額に汗が浮かぶ。
「え、いや……その……」
「少し準備期間が……」
「はは……」
受付の男は不思議そうに首を傾げた。
「どうした? 特殊個体を二体同時に討伐したんだろう?」
周囲の視線が刺さる。
「まあ、Bランクになった以上、避けては通れねえよなあ」
「期待の新人様だ」
三人は引きつった笑みを浮かべた。
「……う、受けます」
「おお、頼もしい!」
受付の男が満足そうに頷く。
三人は青い顔で顔を見合わせた。
「……荷物持ち、いた方がいいよな」
「あいつ、どこ行った?」
「おい、陰キャの荷物持ち!」
振り向いて、辺りを見回す。
だが、期待の荷物持ちは、もうギルドを出た後だった。
二人がギルドを出ると、夜だった。
トボトボと歩いていたが、やがてニャリエナが立ち止まった。
「違うニャン」
もう一度、言った。アルファスが振り向く。
「勇者様が倒したニャン」
声は小さいが、ハッキリとした口調だった。
「強いの倒したのは、勇者様ニャン。なんで誰も認めないニャン」
涙が零れ落ちた。
アルファスはしばらく何も言えなかった。それからぼそぼそと、絞り出すように言った。
「……ニャリエナ氏……その……僕は……本当に……大したことは……してなくて……」
一度、言葉が止まった。
「……でも、その……あ、ありがとう……」
その言葉を聞いて、ニャリエナは一歩踏み出した。そしてそのまま、アルファスに抱きついた。
「わたしだけはわかってるニャン」
強く、しがみつく。
「ちょ……ニャリエナ氏……! その……柔らか……ちが……胸を……離して……やばっ……うはっ……」
鼻血が出た。
アルファスは前かがみになりながら、あたふたしている。
ニャリエナは抱きついたまま、首元に顔を埋めた。深く息を吸う。
アルファスの身体は汗でしっとりと濡れていた。汗といろんな物が混ざった、いつもの濃いにおい。
「いい匂い。勇者様、かっこよかったヨ」
ニャリエナは小さくそれだけつぶやいた。




