第5話 街と、依頼と、いい人たち
「勇者様は今までどうやって生活してたニャン?」
二人並んで、冒険者ギルドへ向かう。その途中で、ニャリエナが聞いた。
「……その……日雇いの仕事とか……荷物運びとか……あとは野宿が多くて……」
アルファスは眼鏡を押し上げながら答えた。前を向いたまま、目を合わせない。
石畳の継ぎ目を数えるように、一定のペースで歩いている。
「お友達はいないニャン?」
少しだけ、間があった。
「……いないですね……」
すぐに続ける。
「……いらないですし……その……面倒ですから……たはは……」
笑い方がおかしかった。ニャリエナは耳をぴくりと動かした。
「なんでニャン」
「……僕なんかと仲良くしても……その……得がないですから……」
ニャリエナは首を傾げた。その答えの意味が、よくわからなかった。
「わたしは勇者様と一緒で楽しいニャン。一緒にいれば野宿も平気ニャン」
「い、いや……そういうわけには……その……だから稼ぎます……うん……」
「勇者様、わたしのためニャン? うれしいニャン」
ニャリエナはスキップしながら前を行く。尻尾がゆれている。
「いや、その……奴隷の所有者として、責任が……えっと……きちんと宿を確保するのが……」
アルファスの言葉は、街の喧騒に消えた。
ギルドは昼でも騒がしかった。
酒と汗と鉄の匂いが混ざり、笑い声と怒鳴り声が絶えない。
掲示板の前で、アルファスは紙を一枚一枚めくっていた。
「……Eランク、採取……Eランク、護衛……はぁ……」
どれも地味だった。ニャリエナは隣で耳を動かしながら、においを拾っている。
「これニャン」
指さしたのは討伐依頼だった。
「……これは……Cランク以上の者がいないと……受けられない依頼ですね……」
アルファスはそっと紙を戻した。
「……無理です……その……僕なんかでは……」
「行けるニャン」
「い、いや……規則ですから……たはは……」
「強いのに、ダメニャン?」
ニャリエナは首を傾げた。その時だった。
「それ、うちも見てたんだが」
不意に後ろから声がした。振り向くと、三人組が立っていた。軽装の男、槍を持った女、盾を背負った男の三人組だった。
盾を背負った男が、アルファスを見て、軽く頷いた。
「人手が一人足りなくてな。よかったら一緒にやらないか」
気負いのない誘いだった。
「あ、いや、その……僕なんかと一緒では……その……」
「君、魔法は使えるか?」
「えっ……あ、いや、その……魔法は……その……一応……使えなくは……ないですが……その……」
「使えるニャン。すごいニャン」
ニャリエナが即答した。
「なら話が早い。ぜひ俺たちのパーティに参加してくれ」
男は屈託のない笑顔を見せた。
「い、いや……せっかくのお誘いですけど……お断わ」
「行くニャン」
ニャリエナが先にうなずいた。
「決まりだな」
断る前に、話が進んだ。
街を出て、道を歩く。
盾を背負った男はカイル、軽装の男はドッツ、槍を持った女はミーシャと名乗った。
カイルがこのパーティのリーダーらしい。
「嬢ちゃん、そいつの奴隷か?」
ドッツがニャリエナに言った。
「そうニャン」
「へえ。ちゃんと大事にされてるみたいだな。いい主人に当たったな」
カイルが笑顔で言った。
「大好きニャン」
三人の肩から力が抜けた。
「はは、そりゃよかった」
カイルはそのまま視線をアルファスに向けた。
「で、アルファス君はどうなんだ?」
アルファスは少しだけ止まった。慎重に、言葉を選んでいた。
「……ただの奴隷と主人です……はい……」
「そっか」
カイルはそれ以上聞かなかった。それで、その話は終わった。
道中、カイルはあれやこれやとアルファスに話しかけた。
「使い込まれた剣だな。どこで覚えたんだ?」
「……その……昔、少しだけ……」
「へえ、独学か? すごいな。魔法も独学か?」
「……ええ、まあ……」
アルファスは、眼鏡を押し上げながらぼそぼそと答える。
どうにも会話が続かない。
カイルは、話しながら違和感を覚えていた。見えない壁がある。
単に会話が苦手というだけではないように思えた。
森に入ると、ニャリエナの鼻がぴくりと動いた。
「変なにおいニャン」
そう告げた直後だった。前方の茂みが揺れて、狼型の魔物が三体飛び出してきた。
「来たぞ。左から二体、右から一体だ!」
ドッツが叫んだ。
「やるぞ」
カイルとミーシャが前に出る。アルファスも動いた。
カイルとミーシャが二体を切り伏せ、アルファスの火炎魔法が死角の一体を炭にする。気づけば終わっていた。
「今の、助かった」
「いい働きしてるわ」
カイルとミーシャがそろって笑顔を向けてくる。
アルファスは口を開いた。
「……いえ、その……たまたまです……はい……」
「いやいや、あれは実力だよ」
アルファスは首を振った。
「……僕なんかには……その……過分な言葉です……」
カイルは少しだけ眉をひそめた。
ニャリエナは、うれしかった。皆、アルファスを正当に評価する。
思わず、アルファスを見た。アルファスは何も言わず、ただ眼鏡を押し上げた。
ニャリエナは気づいた。褒められるたびに、アルファスの肩が少しだけ縮む。馬鹿にされた時とは違う縮み方だった。
褒められているはずのに、アルファスからうれしいにおいがしない。
なんか、変だった。
目的地への到着前に、日が暮れた。
「今日はここで野営にしよう」
カイルが言った。
開けた場所に荷物を下ろして、ミーシャが手際よく焚き火の準備を始める。ドッツが周囲の安全を確認しに行った。
アルファスは少し離れた場所に座って、剣の手入れを始めた。
輪の外だった。自然に、そうなっていた。
「夜番は、僕が……その……やります……ので……」
誰に言うでもなく、ぼそぼそと言った。
「悪いな」とカイルが言った。「交代するよ」
「……いえ、その……僕は眠れない体質ですので……はい……」
それだけ言って、また剣に向き直った。
焚き火の周りに三人が集まった。
ニャリエナはその輪に入りながら、ちらちらとアルファスを見ていた。
しばらくして、カイルがニャリエナの隣に座った。
「ねえ、ちょっと聞いていいか」
「なんニャン」
「君のご主人、Eランクだよね」
「そうニャン」
「でも、今日見てた感じ、それを簡単に超える実力がある」
カイルは焚き火を見ながら続けた。
「それと、どうも他人に壁を作っているようだ。話しかけても、どこかで線を引いてる。君から見て、彼はどんな人だい?」
ニャリエナは少し考えた。
「優しいニャン」
「……優しい?」
「優しくて、かっこよくて、最高ニャン」
カイルは少しの間、黙っていた。それから小さく笑った。
「……そっか」
焚き火がぱちりと音を立てた。
アルファスは輪の外で、黙って剣を磨いていた。
ニャリエナは立ち上がった。焚き火の輪を抜けて、アルファスの隣へ行く。
アルファスから少しだけ、悲しいにおいがした。寂しいにおいにも、似ていた。
でも、ニャリエナは何も言わなかった。
「勇者様、今日もいいにおいニャン」
そう言って、身体を寄せる。
「ちょ、ちょっと……その……今日はいっぱい汗をかいて……その……風呂にも入ってなくて……えっと……」
アルファスはおろおろとする。
ニャリエナは何も言わず、そのまま寄り添っていた。




