Cランクと、合同討伐と、断る理由
宿のおばちゃんは、銀貨を一枚ずつ数えた。
「……二十八、二十九、三十。はい、確かに」
「あ、ありがとうございます……もう、本当にすみませんでした……」
アルファスが、深々と頭を下げた。隣で、ニャリエナもぺこりと耳を伏せる。
「もう壊さないでおくれよ」
「は、はい……肝に銘じます……」
「あと、あんたたちの猫パンチとか氷柱とか、壁に向けるのは禁止だからね」
おばちゃんの視線が、ニャリエナとアッチムに向いた。二人は同時に目を逸らした。
「おまえのせいニャン」
「ニャーちゃんが発情したのが悪いっす」
「発情は自然現象ニャン!」
「はいはい、もういいから」
おばちゃんが手を振って、奥へ引っ込んでいった。
アルファスは、軽くなった革袋をしまいながら、小さくため息をついた。
「……やっと、終わりました……」
「勇者様、おつかれニャン」
「よかったっすね、師匠」
三人は顔を見合わせた。しばらくの沈黙のあと、アルファスがぽつりとつぶやいた。
「……残った銀貨でなんとかやりくりしましょう……」
あのお嬢様に感謝する三人だった。
それからしばらく、平穏な日々が続いた。
その日、アッチムは一人で冒険者ギルドに来ていた。ギルドは今日も朝から賑わっている。アッチムが掲示板の前で依頼書を物色していると、背後から、覚えのある声が飛んできた。
「よう、アッチム」
振り返ると、グーダスが立っていた。いつも通りの堂々とした立ち姿だが、今日はどこか、空気が違った。隠しきれない上機嫌が、全身から滲み出ている。
「あ、グーダスさん、久しぶり。調子はどうっすか?」
「ああ。まあ聞け」
グーダスは、もったいぶるように一拍置いた。それから、胸を張った。
「俺はな、Cランクに上がったぞ」
そう言ってグーダスはニヤリと笑った。
この昇格はかなり早い。DランクからCランクへは相当の実績を積まなければ届かない。グーダスの顔には、それだけの自負が刻まれていた。
「おめでとうっす! すごいじゃないっすか、グーダスさん!」
アッチムは、ぱっと顔を明るくした。
その反応に、グーダスは眉を寄せた。煽りでもなく、皮肉でもない。素直に祝っているように見える。前回のDランク昇格自慢のときの、あの生温い反応とは、明らかに違った。
嬉しいはずなのに、なぜか調子が狂った。
「……お前は、まだDだよな_」
グーダスが、確認するように言った。
「そうっすよ」
「差がついたな」
グーダスは煽るように言ったが、アッチムの表情は変わらなかった。
「うーん、まあ、そうっすね」
悔しむ様子も、焦る様子もない。そして強がっているようにも見えなかった。
「……おまえ、悔しくないのか?」
「別に。師匠に、まずは地を固めるのが大事と言われてるんで」
アッチムは、あっさりと言った。
「はっ。負け惜しみか」
「まあ、これは師匠の考えなんで。グーダスさんは素直にすごいと思うっすよ」
アッチムはにこりと笑った。その自然な笑顔には、悪意がまるで感じれない。
「……くそ、張り合いのない」
グーダスは舌打ちした。勝ったはずなのに、勝った気がまるでしない。目の前の女は、そもそも同じ土俵に立っておらず、自分とは違う場所を見ているような気がした。
「おまえの師匠の教えとやらを確かめようじゃないか」
グーダスは、掲示板から一枚の依頼書を引き抜いた。
「また、合同で依頼を受けるぞ。お前の今の実力、この目で見せてもらう」
「まあ、いいっすよ」
アッチムは拍子抜けするくらいに、軽く頷いた。
二人が受けたのは、近くの森に巣を作ったトロルの討伐依頼だった。Cランク以上の参加が推奨の、重めの依頼だ。
「行くぞ」
グーダスが先陣を切った。
その動きは、以前よりも洗練されていた。父から受けた剣術に、実戦の経験が重なっている。太刀筋に無駄がなく、判断も速い。Cランクの名に恥じない、堂々とした戦いぶりだった。
だが。
その隣を走るアッチムを見て、グーダスの目が、止まった。前回の合同討伐とは、別の次元だった。
トロルの丸太のような腕が振り下ろされる。アッチムは半歩だけ身体をずらして、その軌道の外へ出る。最小限。最短。まるで、相手の動きを先に知っていたかのような動き。
「氷結」
呼吸に合わせた術式が、一切のぶれもなく、トロルの足元を凍りつかせた。動きが止まった瞬間、短剣が急所へ滑り込む。一連の流れに、迷いがない。
アッチムは続けざまにもう一体を仕留めた。しかも、息がほとんど上がっていない。
「……くそっ」
グーダスの奥歯が、きしんだ。
あの動きは、ただの才能の開花では説明がつかない。足運び。間合い。術式の組み込み方。そのすべてに、明確な「型」がある。
アッチムが自力でたどり着いたとはとても思えなかった。
やがて、最後の一体が倒れた。森に静寂が戻る。
「お疲れっす、グーダスさん!」
アッチムが、汗を拭きながら笑った。屈託のない笑顔だった。
「……ああ」
グーダスは、それだけ返して、黙った。
ギルドに戻ると、今日の受付はナタリアさんだった。
討伐報告を受け取りながら、ナタリアさんは書類に目を通した。それから、アッチムの方を向いた。
「アッチムちゃん」
「はいっす」
「今回の実績と、これまでの依頼達成率を見てね。ギルドとしては、Cランクへの昇格を推薦できるよ」
ギルドの空気が、ざわりと動いた。
グーダスの耳が、ぴくりと反応した。
Cランク。つい先日、自分が死に物狂いで手に入れたばかりの称号。それに、アッチムが追い付こうとしている。
「どうする? 昇格を受けるかい?」
ナタリアさんが、笑顔で問いかけた。
アッチムは、少しだけ考えて、それから頭を下げた。
「ありがたいんすけど……もう少し、Dランクで修行させてください」
ギルドが、静まり返った。
「……昇格を見送るの?」
ナタリアさんが、目を丸くした。
「Cランクになると、義務的な依頼も増えるっすよね? まだ、手ごたえが足りないので、できればもう少し自由に修行したいっす」
悪気はなく、本心からの言葉だった。
グーダスは、動けなかった。
自分は、Cランクを勝ち取るために、歯を食いしばって依頼を重ねた。毎日剣を振り、実績を積み、ようやく手が届いた。アッチムは、そこに価値を見出していないのは明らかだ。アッチムはその遥か先を見ている。
アッチムはグーダスと張り合ってすらいない。見ているのは、あの陰キャ講師の背中だけだ。
「……認めるしかねえのか」
声に出ていた。隣にいたアッチムが、きょとんとした。
「何がっすか?」
「いや、なんでもない」
グーダスは、短く言い切った。
なんでもないはずだ。あの男に、そんな力があるはずがない。逃げ足だけが取り柄の、おどおどしたDランク。あんな男が、人を導けるわけがない。
そんな風に自分に言い聞かせてきた。
でも、目の前のアッチムを成長させたのが「あの男の教え」だとしたら。
懐に入れたままの、あの羊皮紙が、急に重くなった気がした。
「グーダスさん」
アッチムの声に、顔を上げた。
「Cランク、おめでとうっす。ほんとにすごいと思ってるっすよ。よかったら、一緒にご飯でもどうっすか? 師匠も喜ぶと思うっす」
屈託のない笑顔だった。
グーダスは、背を向けた。片手だけ上げて、歩き出した。
「……いや、今日の所はやめとくよ。そのうち必ずな」
グーダスは振り向かずに去っていった。
※ニャリエナの独り言
あいつ、最近勇者様にくっつくニャン! ふぎー!
次回、『師匠との毎日は楽しいニャン!』
期待してニャン!




