Dランクと、洗練された動きと、不潔っす
冒険者ギルドは、その日も賑わっていた。
アッチムが依頼書を眺めていると、後ろから、聞き覚えのある声がかかった。
「おう、アッチム」
「あ、グーダスさん!」
振り返ると、グーダスが立っていた。新人教育以来だ。相変わらず、堂々とした立ち姿をしている。それと、どこか上機嫌な様子だった。
「久しぶりっすね。なんか、いいことでもあったんすか?」
「ふっ、よくぞ聞いてくれた」
グーダスは、待っていましたとばかりに胸を張った。
「聞いて驚け。俺はな……Dランクに上がったぞ」
どや顔だった。新人からの昇格としては、かなり早い。胸を張るだけの実績だった。
「はあ、そっすか」
だが、アッチムの反応は、薄かった。
「な、なんだよ。反応薄くないか?」
グーダスは不満そうに首を傾けた。
「Dランクっすか。とっくに上がってるっすけど」
「…………は?」
ギルドの喧騒が、その一角だけ、すっと静まった。
「先月、上がったっす」
「……なんだと……?」
「で、今は単独依頼を受けてるっす。さっきも一件、達成してきたとこっす」
「そんな……馬鹿な???」
グーダスの顔から、どや顔が、剥がれ落ちていく。
アッチムが優秀なのは、知っていた。武術大会女子の部の優勝者だ。才能があることは、認めている。
だが――自分とそこまで差があったわけではなかったはずだ。むしろ、父上から指導を受けている分、自分の方が進んでいると思っていた。
「……お前、なんかやったのか?」
「師匠に教わったっす」
グーダスは、眉をひそめた。
「師匠? どういうことだ」
「アルファスさんに、弟子入りしたっす」
「……は? あの陰キャ講師にか?」
グーダスの眉が、ぴくりと動いた。にわかには信じられなかった。あんな奴に弟子入りして、何になるというのか。
「いや、まあ、弟子っていっても、こっちが勝手に押しかけてるだけっすけどね」
「……」
グーダスは、しばらく黙った。それから、ゆっくりと首を振った。
「……いや。あいつの指導は、関係ないだろ」
そう、結論づけた。
あの男が、誰かを強くするなど、あり得ない。逃げ足だけが取り柄の、頼りない陰キャだ。
アッチムが伸びたのは、もともとの才能が、開花しただけ。そうに決まっている。グーダスは、そう思うことにした。
「なら、確かめてやる」
グーダスは、一枚の依頼書を手に取った。
「一緒に依頼を受けるぞ。お前の今の実力、この目で見てやる」
「いいっすよ!」
アッチムは、即答した。
二人が受けたのは、近くの森に巣を作った、ゴブリンの群れの討伐依頼だった。数はそれなりにいるが、Dランク二人でなら、十分に対処できる相手だ。
「行くぞ」
グーダスが、先陣を切った。
その動きは、さすがだった。騎士団長の父から、直接手ほどきを受けた剣技。無駄のない太刀筋で、ゴブリンを次々と斬り伏せていく。
新人の中でも、頭一つ抜けた実力。それは、間違いなかった。
だが。
その隣で戦うアッチムを見て、グーダスは、目を疑った。
動きが、変わっていた。
以前の、勢い任せの戦い方ではない。ゴブリンの攻撃を、まるで先に知っていたかのように、最小限の動きで避ける。氷結術式が、一切のぶれもなく、的確に敵を縛る。
無駄が、まるでなかった。
力の使いどころ。引き際。次の動きの読み。そのすべてが、洗練されている。グーダスが三体を相手取る間に、アッチムは、倍の数を、半分の労力で片付けていた。
「……っ」
グーダスの剣を握る手に、自然と力がこもった。
やがて、最後の一体が倒れ、戦闘が終わった。森に、静寂が戻る。
「……おまえのその戦い方は、なんだ?」
グーダスは、肩で息をしながら、呟いた。
「別に。師匠に教わったとおりにやっただけっす」
アッチムは、こともなげに答えた。
グーダスは、言葉に詰まって何も言えなかった。
帰り道を二人は、並んで森を歩いていた。
「やっぱ、師匠はすごいっす」
アッチムが、しみじみと言う。
「そうかよ」
グーダスは、不機嫌そうに短く返した。
あの陰キャが。あのDランクが。アッチムを、ここまで変えた。そんなはずはない。あり得ない。
けれど。
今日見たアッチムの動きは、ただの才能の開花では、説明がつかなかった。何か、明確な「教え」がなければ、あそこまで洗練されはしない。誰かが、的確に導いていなければ。
(いや……)
グーダスは、その考えを、慌てて打ち消した。
(まさかな)
あの男に限って、そんなはずはない。そう、自分に言い聞かせた。
だが、胸の奥に芽生えた小さな疑念は、どうしても、消えてくれなかった。
「師匠ー! 今回もやったっすよ!」
アッチムは、元気よくアルファスの部屋の扉を叩いた。けれど返事は、なかった。
「……あれ? いないんすか?」
首を傾げながら、中へと足を踏み入れると、寝室の扉が、わずかに開いていた。
「師匠、入りますよー……」
そっと覗き込んで、アッチムは、固まった。
寝台の上で、アルファスがすやすやと寝息をたてていた。そこまでは、いい。問題は、その隣だった。
ニャリエナが、アルファスの腕を、ぎゅうっと抱きかかえていた。頬を腕に擦りつけ、それはもう、幸せそうな顔で。
「うわぁ」
思わず、声が漏れた。
「絵面が、最低っす……」
その声で、アルファスが、ぱちりと目を覚ました。
「えっ? アッチムさん……とニャリエナさん!?」
続いて、ニャリエナも、とろんとした目を開けた。
「ニャ……ん?」
その頬はなぜか、ほんのりと赤く、うつろな瞳は少し潤んでいた。
「師匠!」
「は、はい」
アッチムが怒気をはらんだ声で呼びかけると、アルファスは即座に答えた。
「やっぱり、奴隷とやらしいことしてたんすね?」
「し、してません!」
アルファスは、慌てて飛び起きた。腕にしがみついたままのニャリエナが、ずるりと引きずられる。
「言い訳、どうぞ」
アッチムが、腕を組んで見下ろす。
「ち、違うんです」
「何がっすか」
「ぼ、僕が寝てたら、ニャリエナさんが勝手に……」
しどろもどろのアルファスを、アッチムは半眼で切り捨てた。
「最低っす」
「だから違うんです!」
その横で、ニャリエナが、不思議そうに首を傾げた。
「何が問題ニャン?」
いつもより、声が、ぼうっとしている。
「問題しかないっす!」
「だって、勇者様とわたしは、交尾する仲ニャン」
「「ええっ!?」」
アッチムとアルファスが、同時に叫んだ。声が、見事に重なる。
「ニャ、ニャリエナさん、何を言って……っ」
アルファスは、頭を抱えた。
「ふ、ふ、不潔っすー!!」
アッチムは、真っ赤になって、寝室から飛び出していった。ばたばたと、荒い足音が遠ざかっていく。
「ニャ、ニャリエナさん! なんで、嘘をつくんですか!」
アルファスは、半泣きでニャリエナをたしなめた。
「嘘じゃないニャン」
「嘘ですよ!」
「……でも」
ニャリエナが、もぞもぞと身を起こした。とろん、とした瞳が、潤んでいる。頬は赤く、息も、少し荒い。
「今から、本当になるニャン……」
「えっ」
ニャリエナが、ふらりとアルファスへ身を寄せた。いつもの、じゃれつくような甘え方とは、何かが違った火照った頬と荒い吐息。そして、目が座っていた。
アルファスの背筋が、ぞくりとした。これは、ただの悪ふざけではない。この症状に、心当たりがあった。
「……ま、まずいです……」
以前にも、一度経験している。
これは獣人の、発情期の症状だ。
※ニャリエナの独り言
あいつ、なんだかんだいっても優秀ニャン!
次回、『発情期、再びニャン!』
期待してニャン!




