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ケモ耳少女が惚れた勇者は、自己肯定感ゼロでした  作者: 遠崎カヲル
新人冒険者と勇者様

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32/44

初依頼と、すごい師匠と、やっぱり変な師匠

 翌朝。


 アルファスが食堂に下りると、アッチムがいた。すっかり馴染んだ顔で、テーブルに頬杖をついている。


「おはようっす、師匠!」


「……まだいたんですか」


 アルファスの声に、力はなかった。昨日のやり取りを思い出して、がくっと肩が落ちた。


「そろそろ帰ったらどうニャン?」 


 ニャリエナが、不機嫌そうに耳を伏せる。一縷の望みを込めた問いだった。


「帰るも何も、ここがわたしの居場所っすから」


 アッチムは、その望みをあっさりと打ち砕いた。


 それから、一枚の依頼書をテーブルに広げてみせた。それは薬草採取の依頼書だった。森に自生する治癒草を、一定量集めてくるという、初級者向けの内容である。


「これ、一緒に行ってください、師匠」


「……アッチムさん一人で……大丈夫じゃないですか?」


 アルファスは、おずおずと首を振った。


「弟子の初依頼っす。師匠が必要っす」


「ぼ、僕は師匠じゃありません! それに、僕なんかいなくても、できますから……」


「師匠が来ないなら、一日中つきまとってお願いし続けるっす」


 それは、脅しだった。昨日の食堂の悪夢が、アルファスの頭をよぎる。


「……一緒に行くだけですよ?」


 逃げ場は、最初から無かった。




 森は、朝の光に満ちていた。


 アッチムは、意気込んで薬草を探し始めた。地面に顔を近づけ、草をかき分け、あちこちを歩き回る。だが、治癒草はなかなか見つからない。

 予習してきたつもりだったが、似たような草ばかりで、どれが本物なのか判別がつかなかった。


「うーん……どれっすかね、これ」


 アッチムは唸りながら首をひねった。


「おまえ、頑張るニャン」


 近くの切り株に腰かけたニャリエナが、足をぶらぶらさせながら言った。


「ニャーちゃんは何してるんすか?」


「応援してるニャン」


「……役に立たない猫っすね」


 アッチムが、半眼で言い放つ。ニャリエナの耳が、ぴくっと跳ねた。


「弟子のくせに、その言い草は何ニャン!」


「ニャーちゃんの弟子じゃないっすよ」


 ぴしゃりと返されて、ニャリエナは口をへの字に曲げた。


「……ニャーちゃんじゃないニャン」


 文句の矛先が、いつものところへ戻っていった。


 二人のやりとりの横で、アルファスは少し離れた茂みへ歩いていった。そして、屈み込んで草を摘んだ。その繰り返しだけで、採取籠の中身はどんどん増えていく。


 アッチムは慌てて後を追いかけた。同じ森を歩いているはずなのに、自分には違いがまるで分からない。


「なんで分かるんすか?」


 思わず聞くと、アルファスは足元の治癒草を摘みながら答えた。


「葉の向きと、土ですね」


「は?」


 意味が分からなかった。葉は葉だし、土は土だ。少なくともアッチムにはそう見える。


「治癒草は生える場所に特徴があるので……」


 アルファスは何か説明を続けていた。だが、アッチムには半分も理解できなかった。説明が難しいのではなく、前提知識が違いすぎるのだ。

 アッチムは口を開けて固まっていた。


「あ、す、すみません。そのうち慣れますよ……」


 アルファスは、申し訳なさそうに眼鏡を押し上げた。


 その時、近くの茂みが、がさりと揺れた。


「変なにおいニャン! 何か来るニャン!」


 ニャリエナが叫ぶと同時に飛び出してきたのは、灰色の毛をした魔狼だった。


「来たっす!」


 アッチムが短剣を抜くと同時に、魔狼が襲い掛かってきた。鋭い動きで攻撃をかわし、そのまま懐へ踏み込む。だが、刃は空を切った。


「っ!」


 読みは間違っていなかったはずだ。それでも、わずかに届かない。じりじりと間合いを測りながら、アッチムは魔狼を睨みつけた。


「く……っ、すばしっこいっす」


「……アッチムさん」


 後方から、アルファスの声がした。


「左です」


「え?」


 考えるより先に、アッチムは左へ跳んだ。直後、魔狼の牙が、さっきまでいた場所をかすめる。


「次は、右です」


 言われるまま、右へ。爪が空を切った。


「下、です」


 身を低くする。魔狼が、頭上を飛び越えていった。体勢を崩した魔狼の、無防備な脇腹。そこに、アッチムの短剣が吸い込まれ、魔狼はどさりと倒れた。


「……はぁ、はぁ」


 息を整えながら、アッチムは、ゆっくりと振り返った。


「師匠……今の、見えてたんすか?」


「見えてました」


「魔狼の動き、全部っすか?」


「全部です」


 アルファスは、当たり前のことのように頷いた。何も特別なことではないらしい。


(……やっぱりこの人、凄いっす)


 胸の奥が熱くなった。




 帰り道。


 採取した薬草を抱えながら、アッチムは隣を歩くアルファスを、ちらちらと見ていた。


「やっぱ師匠、すごいっすね」


「そんなことありません」


 アルファスは、即座に否定した。


「いや、あるっす。あの魔狼、わたし一人じゃ手こずってたっす」


「アッチムさんの実力です。僕は、ちょっと声をかけただけで……」


 アルファスは、本当に困ったように眉を下げた。


「その『ちょっと』ができる人、そういないっす」


 アッチムは、心の底からそう思っていた。これまで色々な冒険者を見てきたが、あんな芸当ができる者は、記憶になかった。


「師匠より凄い人、わたし、見たことないっす」


「……たくさん、いますよ」


 アルファスは、即座に答えた。迷いのない声だった。


「誰っすか?」


 アッチムが問い返すと、アルファスは、ぴたりと言葉を止めた。


「ええと……」


 アルファスは、言葉に詰まった。

 具体的な名前を、と問われると、出てこない。 それでも、自分より凄い人は大勢いる。アルファスは、本気でそう思っていた。


「……います。たくさん」


「いや、名前出てこなかったじゃないっすか」


「い、いるんです……」


 しどろもどろのアルファスを見て、アッチムは、首を傾げた。


(この人……本気で言ってるっぽいっす)


 謙遜ではない。卑下でもない。アルファスは、本当に、心の底から、自分を凄いと思っていないようだ。あれだけの実力を持っていながら。


 なぜなのか、アッチムには、まるで分からなかった。




 ギルドに戻り、依頼を達成報告すると、受付が目を丸くした。


「新人さんで、この量を半日ですか?」


 治癒草は、規定の倍近く集まっていた。しかも、どれも質がいい。採取の時期も、株の選び方も、的確だった。


「師匠のおかげっす!」


 アッチムが、胸を張って言う。


「ち、違います」


 アルファスが、慌てて手を振った。


「いや、師匠のおかげっす」


「アッチムさんが、頑張ったからです」


「師匠が場所教えてくれたっす」


「あれは、誰でも分かることで……」


「わたしには分からなかったっす」


「あう……」


 受付嬢が、二人を交互に見ながら、困惑顔で固まっている。譲り合いというより、押し付け合いだった。


「……また始まったニャン」


 ニャリエナはあきれた顔をして尻尾を揺らした。




 その夜、アッチムは宿の天井を見上げながら、昼間のことを考えていた。


 葉の向きで群生地を見抜く目。魔狼の動きを完全に読み切る指示。そして、それだけの力を持ちながら、本気で自分を「凄くない」と思っている、あの横顔。


(実力は、本物っす。間違いなく)


 そこは、もう疑っていなかった。


(でも、なんすかね……あの人。自己肯定感が低すぎるっす)


 キモい。陰キャ。それは、相変わらずだった。

 本来なら、アッチムが苦手なタイプのはず……なのに、妙に気になった。

※ニャリエナの独り言

あいつ生意気ニャン! わからせないとだめニャン!

次回、『単独依頼に行くニャン!』

期待してニャン!

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