金と、道具と、逃げ足だけは超一流
最後に残ったのは、パーダロだった。
「やれやれ。みなさん情けないですねえ。相手はDランクですよ?」
パーダロはそう言って前に進み出た。
その手には、見慣れない腕輪がいくつも嵌められている。腰には小さな筒状の魔道具がずらりと並び、背には光沢のある外套を羽織っていた。
どれも、明らかに一級品だ。
「な、なんすかそれ」
アッチムが目を丸くした。
「トールネン商会の総力を結集した、最高級の戦闘補助魔道具たちですよ」
パーダロは優雅に微笑んだ。
「身体強化の腕輪が三つ。自動で追尾する射出術式の筒が六本。そして――」
外套がふわりと広がる。
「術式の発動を倍速にする外套。すべて合法品です。金で買えるものは、すべて買いました」
「そ、それ、新人が使っていい道具じゃないっすよ……」
「使ってはいけない、とは言われていませんのでねぇ」
パーダロはにやりと笑った。
「努力も、才能も、結構です。ですが――効率の前では無駄でしかない。わたしはそれを証明してさしあげましょう」
パーダロとアルファスは、訓練場の中央で相対した。
歪んだ笑みを浮かべるパーダロに対し、アルファスはおどおどしながら眼鏡を押し上げた。
「さあ、準備はいいかい? それじゃ初め!」
ナタリアさんが合図をすると、パーダロの腕輪が光った。次の瞬間、パーダロの姿がぶれるほどの速度で動いた。
「速い!」
グーダスが叫んだ。
新人冒険者の出せる速度ではなかった。グーダスでも危うく見失う所だった。魔道具のあまりの効果に、グーダスも舌を巻いた。
パーダロは同時に、六本の筒から光弾を放った。自動追尾式で逃げ場を消す弾幕だ。さらに外套の効果で、術式の展開が倍速になっている。
速度。手数。搦め手。そのすべてが揃った一流の攻撃だった。
「これでも、避けられますかねぇ!?」
弾幕と斬撃が、同時にアルファスへ殺到した。
新人たちが息を呑む。さすがにこれは避けられない。誰もがそう思った。
だが。
光弾と光弾のあいだ、数センチの空白を、アルファスはするりと通り抜けていく。
パーダロの斬撃も、倍速の術式も、まるで来るのがわかっているかのように、最小の動きで外されていく。
「な……っ」
パーダロの笑みが、凍りついた。
最高級を揃えた。Sランクの冒険者の実力も上回るはずだった。
それでも、一発も、当たらない。
「なんでだっ! これだけ揃えて……金をかけて……っ!」
「あの……パーダロさん」
アルファスが、弾幕の中で静かに口を開いた。
「道具は……とても良いものです。揃え方も……間違っていません」
アルファスは動きながら眼鏡を押し上げた。
「ただ……六本の筒は同時に撃つと……軌道が、規則的になります。三本ずつ、ずらして撃つと……隙間が、消えます……」
「……っ!」
「外套の倍速も……身体が、ついていけていません。倍速で動いた直後……必ず、半歩泳ぎます。そこを、突かれます……」
パーダロの顔から、血の気が引いた。
「道具のせいでは……ありません。道具に、身体が……追いついていないだけです」
弾幕が、尽きた。倍速の術式も、底をついた。
パーダロは、肩で息をしていた。最高級の魔道具を、すべて使い切って、なお、相手の膝ひとつ、つかせられなかった。
「あの……」
アルファスが申し訳なさそうに口を開いた。
「発想は……すごく良いと思います。あとは自分自身を鍛えれば……きっと強くなれます」
「……」
パーダロは何も答えなかった。
「……時間だよ」
ナタリアさんの声が、やけに大きく響いた。
「あ……お、お疲れさまでした……ありがとうございました……」
アルファスはぺこりと頭を下げると、肩を縮め、眼鏡を押し上げた。
いつもの、おどおどしたアルファスに戻っていた。
「みんな、残念だったね。今日はここまでだ。解散」
ナタリアさんの号令で、今日の訓練は終了した。それぞれが帰り支度を始める。
「結局、逃げ回ってただけだったな」
「あんな卑怯な奴初めてみたわ」
「逃げるのだけは、一丁前だったなw」
笑いながら、新人たちは散っていく。そんな中、グーダスは腕を組んだまま、その場に残っていた。
「……あの講師。アルファスのことだが」
隣のアッチムに、ぽつりと言う。
「あの逃げる技術は、正直、一流と言わざるを得ないな」
「同感っす」
アッチムも頷いた。
「だが、殺気も何もなかった。避けることに特化した結果、今まで生き残ってきたんだろう」
グーダスは、自分に言い聞かせるように続けた。
「でも、それじゃあランクは上がっていかない。攻撃できなきゃ、討伐もなにもないからな。まあ、Dランク止まりってのも、納得だよ」
「グーダスさん、あの……」
「ん? なんだ?」
アッチムは、口を開きかけて――そのまま、つぐんだ。
「……いや、なんでもないっす」
言いかけた何かを飲み込んで、話を逸らす。
「パーダロさんは、どう思うっすか?」
少し離れた場所で、魔道具を片付けていたパーダロに、声をかける。
「うるさい! 話しかけるな!」
返ってきたのは、刺すような怒声だった。
いつもの慇懃な笑みは、影も形もない。パーダロは歯ぎしりしながら、足音も荒く去っていった。
「……なんなんすか、あれ」
アッチムがぽかんとする。グーダスは肩をすくめた。
「さあな。よっぽど悔しかったんだろ」
そして、ふっと笑う。
「まあ、あの卑怯な戦い方に、手も足も出なかったんだ。気持ちは、わからなくもない」
そう言い残して、グーダスもまた、訓練場を後にした。
一人残されたアッチムは、誰もいなくなった訓練場の中央を見つめていた。
逃げに特化した臆病者。卑怯な戦い方。みんな、そう言って帰っていった。
(でも――)
さっきの、十分間を思い返す。
全力で踏み込んだ。全力で術を放った。それでも、ただの一度も、掠りもしなかった。
(あれ、ただ逃げてただけっすかね……)
胸の奥が、ざわざわする。
(なんか……逃げながら、わたしのことを、ずっと観察してたように感じたっす……)
「にゃーん♡」
間延びした声が、アッチムの思考を遮った。
見れば、ニャリエナがアルファスの腕に頬をすりつけている。
「勇者様、やっぱりかっこよかったニャン♡ いっぱいチューしちゃうニャン♡」
「ひいい、やめてください!」
アルファスが、顔を真っ赤にして飛び退いた。
「勇者様、逃げちゃだめニャン。待つニャーン」
「お、おつかれさまでしたあああ!」
脱兎のごとく逃げ出すアルファス。その背を、ニャリエナが尻尾をぴんと立てて追う。
「ニャアアアア!」
ドタバタと、訓練場に足音が響き渡る。逃げ足だけは、確かに一流だった。
アッチムは、その光景をぽかんと眺めて――やがて、がくっと肩を落とした。
「……やっぱ、考え過ぎっすかね?」
※ニャリエナの独り言
新人たちの鼻をへしおってやったニャン!
次回、『ダンジョンに行くニャン!』
期待してニャン!




