循環と、氷結と、ただのオタクのはずっす
アッチムは昨夜、なかなか寝付けなかった。氷結術式について、昨日の講義が頭から離れない。
流路。
循環。
安定性。
何度も失敗してきた自分の術式の悩みと、妙に話が噛み合っていた。
「……いやいや」
首を振る。
「そんな都合よくいくわけないっす」
講師のアルファスはただの理論オタクだ。頼りないDランク冒険者に過ぎないはずだ。
「たぶん、たまたま当たっただけっす」
そうに違いない。アッチムは無理やり結論づけて、訓練場へ向かった。
新人冒険者たちは次々と集まっていた。みんな足取りが重く、その表情はどんよりと暗かった。
「また座学じゃねえだろうな」
グーダスがうんざりした顔で言う。
「勘弁してほしいっすね」
アッチムも頷いた。
「薬草学だけで半日使う人、初めて見たっす」
「知識だけは立派でしたねぇ」
パーダロもそう言って肩をすくめた。
その時、アルファスが訓練場に入ってきた。相変わらず小さくておどおどしている。その後ろをニャリエナがぴょこぴょこついてきた。
「あ、あの……」
アルファスがおずおずと前へ出る。相変わらず頼りない表情で、今にも逃げ出しそうな雰囲気を醸し出していた。
「きょ、今日は実技訓練をします……」
新人たちの顔が少し明るくなった。
「やっと剣か」
「体動かせるぜ」
しかし、新人たちの期待は裏切られた。
「まずは……魔術訓練からです」
一瞬で空気が死んだ。
「は?」とグーダスが眉をひそめる。「魔術なんて発動して当てるだけだろ」
「魔術が使えない者もいるぞ」と別の声が上がった。
アルファスは慌てて首を振った。
「か、関係ない……ことはないです」
アルファスは眼鏡を押し上げてそう言った。
その瞬間、アルファスの背筋が伸びた。雰囲気が変わる。アッチムだけが気づいた。
「昨日の復習になりますが……魔術理論を実践へ……落とし込むことで……より少ない魔力でより高い効果を……発揮できます。魔力は有限ですから……効率的に運用することは……生存率の向上に繋がります……」
アルファスは魔術理論について話し始めた。
「また始まったな」とグーダスがぼそりと呟く。
「始まったっすね」とアッチムも苦笑した。
「味方の魔術を理解していれば……魔術使いとの連携を強化できますので……戦術の選択肢も増えます……」
言っていることは理解できる。だが、新人たちの顔は揃ってうんざりしていた。グーダスは欠伸をかみ殺し、パーダロは何か別の本を開いた。
「では……魔術理論の正しさを証明するために……ひとり手伝ってもらいましょうか」
新人たちは誰も目を合わせようとしなかった。
「ええと……」
アルファスは困ったように頭をかいた。その時だった。
「この人がいいニャン!」
ニャリエナがぴょこんと手を挙げた。ニャリエナが指さす先に、全員の視線が集まる。そこにいたのはアッチムだった。
「この人、なんだかいい匂いするニャン!」
「げっ」
アッチムの顔が引きつる。
「何言ってるんすかこの猫!?」
「本当ニャン!」とニャリエナは胸を張った。
「知らんっす! キモイっす」
アルファスはニャリエナとアッチムを交互に見ながら一つ頷いた。
「な、なるほど……そうなんですね」
「納得するなっす!」
結局、アッチムが前へ出ることになった。
「氷結術式をお願いします」
「はいっす……」
アッチムは重い足取りで前へ出た。周囲の新人たちは面白そうに見ている。
「氷結!」
氷柱が一本立った。ごく普通の氷結術式だった。
「ありがとう……ございます。では……昨日の理論を試してください。魔力の出力の際……直線的ではなく……術式内部で循環を意識して……」
アッチムは眉をひそめた。アルファスの理論は、自分の感覚との間にずれがある。半信半疑のまま魔力を流す。意味は分からないが、言われた通りにやってみる。
「氷結!」
再び氷柱が立った。
「……あれ?」
魔力の流れがいつもよりスムーズだった。ほんの少しだが、確実に魔力の消費量も減っている。
「もう一度……お願いします……」
アッチムは再び術式を発動した。スムーズに成功した。さらにもう一度試すが、やはり成功だった。
アッチムの顔から血の気が引いていく。
いつもなら、この辺で失敗する。出力がぶれ、術式が崩れる。だから何度も練習してきた。何年も悩んできた。
その悩みがあっさりと解決した。表面も滑らかで、いつも見えていた微細な乱れもない。
「成功しましたね……魔力の流し方……とても上手です」
アルファスは平然と言った。その言葉からは特別な何かは感じ取れなかった。
アッチムは周囲を見回した。グーダスは隣の新人と話している。パーダロは本を読んでいる。他の新人たちは欠伸をしていた。誰も見ていない。誰も気付いていない。
(いやいやいやいや……今すごいこと起きてるっすよ!?)
アッチムの動揺をよそに、アルファスは新人たちに目を向けた。
「お判りいただけましたか?」
「はーい」「わかりましたー」と新人たちが適当に返事をした。声に感情はこもっていない。
アルファスは満足そうにひとつ頷いた。
「それでは……この魔術理論を忘れずに……鍛錬してください」
今日の講義が終わり、新人たちはぞろぞろと去っていった。しかしアッチムだけは、動けずに立ち尽くしていた。
アルファスは頭をかきながら新人たちを見送っている。相変わらず頼りない。相変わらずおどおどしている。どう見ても強そうには見えない。
(この人……なんなんすか……)
心の中がざわざわして、いつまでたっても落ち着かなかった。
※ニャリエナの独り言
勇者様を舐めちゃだめニャン!
次回、『勇者様が何かたくらむニャン!』
期待してニャン!




