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ケモ耳少女が惚れた勇者は、自己肯定感ゼロでした  作者: 遠崎カヲル
新人冒険者と勇者様

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24/44

座学と、眠気と、何か変っす

 新人冒険者たちは再び訓練場へ集まっていた。


 昨日よりも少しだけ静かだった。誰もアルファスを認めてはいない。だが、昨日の四十二本という結果が頭から離れない。少なくとも雑談をしている者はいなかった。


「あ、あの……」


 アルファスがおずおずと前へ出る。


「お、おはようございます……」


 小さな声だった。聞こえているはずだが、返事はない。


「あぅ……」


 アルファスの肩が少し落ちた。


 ナタリアさんがぱんぱんと手を叩く。


「はいはい。今日は座学だよ」


 新人たちの顔が一斉に曇った。


「うわぁ」

「剣振らせろよ」


 ナタリアさんは笑った。


「ほらほら。理論と知識があればより早く成長できるんだから」


 誰も反論できなかった。


「じゃあ、あとはお願いね」


 ナタリアさんはそう言って自分の業務に戻っていった。残されたアルファスは眼鏡を押し上げた。


「えっと……じゃあ始めますね」


 教壇の前に立つ。


 その瞬間だった。背筋がぴんと伸びた。空気が少しだけ変わった。しかし新人たちは気づいていない。


「薬草学を……始めます」


 アルファスは黒板へ文字を書き始めた。

 

 回復草。解毒草。止血草。

 地味すぎる内容に、新人たちの顔がさらに曇った。


「あんなの、回復魔法があればいらない知識だよな」


 誰かがアルファスにも聞こえるような声で言った。


「回復魔法だけに頼る……のは危険です」


 アルファスが話し始める。声は小さいのに、不思議とよく聞き取れる声だった。語る言葉にも迷いがない。


「魔力は有限です……可能な限り温存した方が……生存率は高くなります」


 さらさらと文字が増える。


「回復魔法は便利です……時には致命傷をも癒す効果があります……でも、いざという時に魔力切れを起こしていたら……大変です」


 アルファスは眼鏡を押し上げて、新人たちを見渡した。


「それと……例えばですが……回復魔法は毒にも効きますが……」


 アルファスは再び眼鏡を押し上げた。


「毒の解析にも魔力を消費しますし……解毒する時も同様ですし……戦闘の後では魔力が足りなくなるかもしれません」


 止まらない。


「ですので……薬草学を修めた方が帰還率は高くなります……特に毒消しに関しては――」


 アッチムが欠伸をした。


「ふあぁ……」


 眠い。長い。周囲の新人たちも似たような顔をしていた。

 すでにいびきをかいている者もいた。


「月影草は毒消しとして非常に優秀です」


 アルファスがそう話し始めた時、グーダスの眉がぴくりと動いた。

 父から聞いたことがある。騎士団でも滅多に手に入らない薬草の名前だった。


「銀葉草との判別方法ですが――」


 当たり前のように説明は続いた。まるで何度も扱ったことがあるかのようだった。

 グーダスは黙っていた。


(薬草学の重要性か。あいつは父上と同じことを言っている……)


 その考えを慌てて振り払う。偶然だ。きっとそうだ。そう思うことにした。




「次は魔法理論です」


 アッチムが露骨に嫌そうな顔をした。


「うげ。まだあるんすか……」


 アルファスが黒板へ複雑な図を書き始める。

 

 円。線。矢印。


 新人たちは開始一分で理解を諦めた。


「魔法は出力だけ……ではなく……流路の安定性が重要です……」


 さらさらと黒板に書き込んでいく。


「出力を上げても……流路が乱れていると……術式は崩壊します……」


「例えば氷結術式の場合――」


 アッチムの眉がぴくりと動いた。氷結術式は、アッチムの得意分野だ。


「魔力を直線で流そうとすると……失敗しやすくなるので……術式内部で循環させた方が安定します」


 アッチムの顔から眠気が消えた。


 心当たりがあった。ずっとだ。何度練習しても術式が不安定で、成功するときと失敗するときがある。その理由がずっと分からなかった。


「流路が細い場合は……特に顕著で……出力を上げるほど……失敗率は上昇します」


 アッチムは思わず身を乗り出した。全部に心あたりがあった。全部だ。

 アッチムの様子にアルファスは気づいていない。黒板へ図を書き続けている。


「ですので術式を構築する際は――」


 話は続く。大半の新人は既に聞いていない。グーダスも理解できていなかった。パーダロに至っては関係のない本を読んでいた。


 だが、アッチムだけは違った。


(言ってること、全部わかるっす……)


 初めて。少しだけ。講師の話を真面目に聞いていた。


 


「最後に……戦闘理論です」


 新人たちから小さな悲鳴が上がった。


「まだあるのかよ……」


「長ぇ……」


 アルファスは気にした様子もなく黒板へ向かった。


「戦闘は……剣だけではありません」


 さらさらと文字を書く。


 風向き。地形。補給。撤退経路。水源。


 新人たちは顔を見合わせた。


「そこまで考えるか?」


 誰かが呟く。


「……考えます」


 アルファスは黒板を見たまま続けた。


「森で迷った場合……帰れなくなる可能性があり……水源の位置を把握していないと……生存率が下がります」


 淡々と話続ける。


「補給が不足すると……判断力が低下します……撤退経路を決めずに戦うのは……危険です」


 止まらない。


「風向きによって……匂いで察知される場合があり……地形によって逃走経路も変化します」


 新人たちはもう聞いていなかった。グーダスは腕を組んだまま天井を見上げている。アッチムは机に突っ伏しかけていた。パーダロは窓の外を眺めている。


 部屋の隅では、ニャリエナが椅子の上で小さく丸くなって眠っていた。しっぽがゆっくりと揺れている。


「ですので……生き残ることを最優先にしてください」


 そこでようやく口を閉じた。教室に沈黙が落ちる。

 誰も拍手しない。誰も感想を言わない。ただ疲れた顔をしていた。


「えっと……」


 アルファスが周囲を見回した。その瞬間、身体が縮こまった。黒板を見て、新人たちを見て、ようやく我に返ったようだった。


「あ……あわわ……」


 黒板はびっしりと文字で埋め尽くされていた。


「す、すみません……ぼ、僕また……長く話してしまいました……ご、ごめんなさい……」


 おろおろしながら眼鏡を押し上げる。さっきまでの講師はどこかへ消えていた。いつものアルファスだった。


 新人たちは顔を見合わせた。


「戻ったっす」とアッチムがぼそりと呟く。


「戻ったな」とグーダスも頷いた。


「戻りましたねぇ」とパーダロも苦笑する。


「あぅ……」


 アルファスはさらに小さくなった。


「ニャ……勇者様……すごいニャン……」


 ニャリエナの寝言だけが、静かな教室に響いた。




「きょ、今日はここまでです……」


 新人たちは席を立った。グーダスが大きく伸びをする。


「体がなまっちまうぜ」


「同感っす」


 アッチムも肩を回した。


「薬草だの魔法だの、頭が痛くなったっす」


「知識だけはあったんじゃないですか? まあ、私は興味ありませんけどね」


 パーダロはそう言って肩をすくめ、手を振りながら去っていった。


 グーダスも歩き出す。だが途中で足を止めた。


「なあ、アッチム」


「なんすか?」


 グーダスは少しだけ迷った表情をした。そして首を振った。


「……いや、何でもない」


 そう言って、そのまま歩き去った。アッチムはその背中を見送った。


「まあ、言いたいことは分かるっす」


 アッチムは小さく呟いた。


「あの先生……何か変っす」




「ニャーン♡」


「ひゃっ!?」


 目を覚ましたニャリエナがアルファスへ抱きついていた。


「先生の勇者様、かっこよかったニャン♡」


「寝てたじゃ……ないですか!」


「勇者様の声は落ち着くニャン。あんな人たちより勇者様の方がすごいニャン♡」


「そ、そういう問題では――」


 ニャリエナが顔を近づける。


「ご褒美ニャン♡ ちゅーしちゃうニャン♡」


「そ、それは駄目です!!」


 アルファスは真っ赤になって飛び退いた。ニャリエナは不思議そうに首を傾げる。


「なんでニャン?」


「な、なんでって……!」


 答えられなかった。ニャリエナがじりじりと近づく。


「勇者様、大好きニャン♡」


「あわわわわ……!」


 威厳も何もなかった。

※ニャリエナの独り言

勇者様の声は落ち着くニャン。ぐっすりニャン。

次回、『魔術のお勉強しちゃうニャン!』

期待してニャン!

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