角と、四十二本と、どうやった
翌朝。
冒険者ギルドの食堂は朝から賑わっていた。依頼前の冒険者たちが朝食を取りながら談笑している。
その一角で、研修前の新人冒険者たちもテーブルを囲んでいた。
「ったく」
グーダスがパンをかじりながらため息を吐く。
「今日から講習かよ。めんどくせーな」
「憂鬱っすねぇ」
アッチムも頬杖をつきながら言った。
「講師がDランクとか聞いたことないっす」
「最近は人手不足らしいですからねぇ」
パーダロも紅茶を口に運びながら言った。
「適当に話を聞いて終わりにしましょう」
周囲の新人冒険者たちも頷いた。
紹介された講師……アルファスの印象は最悪だった。
小柄。
頼りない。
おどおどしている。
どう贔屓目に見ても講師の器ではない。
その時だった。
「お?」
近くの席にいた冒険者の一団が話しかけてきた。
「おまえら、新人冒険者か?」
「そうっす」
アッチムが頷く。
「今日から講習なんすけど、講師がアルファスって人なんすよ」
その名前を聞いて、冒険者たちが顔を見合わせた。
「あー、あいつか」
冒険者たちから苦笑が漏れる。
グーダスが眉をひそめた。
「知ってるんですか?」
「知ってるも何も」
冒険者の一人が笑った。
「あいつは結構有名だよ」
その言葉を合図に、他の冒険者たちが次々に話し始めた。
「陰キャって言葉がぴったりだよ」
「Dランクに上がれたのも運で、本当はEランクの実力だって噂だ」
「友だちいないよなアイツ」
「多分、連れ歩いてる獣人奴隷の方が目立ってるんだよな」
アッチムが顔をしかめた。
「うわぁ。講師としては最悪っすね」
それを聞いて、冒険者たちも笑う。しかし、一人がぽつりと言った。
「まあでも、マジで運だけは一流だけどな」
新人たちが首を傾げた。
「運?」
アッチムが眉を寄せると、その冒険者は頭を掻いた。
「まあ、俺たちもよく分からんのだが、何故か生き残るんだ」
他の冒険者たちも続いた。
「そうそう何故か帰ってくる」
「何故か依頼を成功させる」
「気付いたら解決してるんだよ」
新人たちは顔を見合わせた。
ようするに、アルファスという男は運だけは一流の、三流冒険者ということらしい。
新人冒険者たちはそう理解した。
昨日と同じ時間の同じ場所、新人冒険者たちは訓練場へ集まった。
どの顔にもやる気がみられない。あちこちで昨日の酒場の話だの、依頼の話だの、雑談が続いている。
「あ、あの……」
アルファスがおずおずと前へ出た。
「お、おはようございます……」
誰も見ていない。
「あぅ……」
肩が落ちる。もう一度口を開いたが、やはり誰にも届かなかった。
その時、ナタリアさんがぱんぱんと手を叩いた。
「はいはい」
新人たちが一斉に静かになる。
「なんだい君たち。そんなに不満かい?」
新人たちは顔を見合わせた。そして全員が頷いた。
「不満っす」
アッチムが即答する。
「まちがいなく不満だ」
グーダスも隠さない。
「不満しかないですねぇ」
パーダロも笑顔のまま頷いた。
他の新人たちもウンウンと頷く。
ナタリアさんは苦笑した。
「正直でよろしい」
そして口元をにやりと歪める。
「じゃあさ、君たちにひとつの課題を出そう」
ざわり、と空気が動いた。
「簡単だよ」
ナタリアさんは人差し指を立てた。
「角兎の角を集めてきな」
新人たちは顔を見合わせた。角兎。森に生息する小型魔獣だ。危険性は低い。新人向けの獲物として知られている。
「制限時間は一刻。できるだけ多く集めてくるんだ」
「それだけっすか?」
アッチムが拍子抜けした顔をした。グーダスも鼻を鳴らす。
「楽勝だな。で、集めるとどうなるんだ?」
ナタリアさんがひとつ頷いた。
「講師のアルファス君も集めてくる。アルファス君より多く集めた者は……講習は免除だ」
一瞬、空気が止まった。
「は?」とグーダスが眉をひそめる。「本気か?」
「本気だよ。手段は問わない。とにかくできるだけ多く集めてくるんだ」
ナタリアさんが言い終わると、新人たちの目の色が変わった。
あんな陰キャ講師に負けるはずがないと誰もが思った。
「じゃあ始め」
その言葉と同時に、新人たちは一斉に飛び出した。
「負けるかよ!」
「免除だ免除!」
「楽勝だぜ!」
訓練場が一気に空になる。
「あ、あの……僕もいくんですよね?」
アルファスがおずおずと言うと、ナタリアさんは大きく頷いた。
「そうよ。ニャリエナちゃんはお留守番ね」
「えと……じゃあ行ってきます……」
アルファスは眼鏡を押し上げて、トボトボと歩き出した。
「頑張るニャン! 勇者様なら余裕ニャン!」
「えっと、頑張ります……」
ニャリエナの声を背中に受けながら、アルファスは森へ向かった。
森へ入った瞬間、グーダスは剣を抜いた。
「へっ余裕だぜ」
父上からの手ほどきを思い出す。角兎は何匹も狩った事がある。
角兎は弱い。問題は見つけ出すことだ。足跡を探す。草の揺れを見る。耳を澄ませる。しばらくして茂みが揺れた。
「いた」
飛び出してきた角兎へ剣を振るう。一撃。角が一本増えた。
「よし」
これを繰り返せばいい。グーダスはそう考えて、次の獲物を探しに進んだ。
「見つけたっす!」
アッチムは森の中を風のように駆け回っていた。身体能力なら自信がある。角兎を見つけて追う。狙いを定めて術を放つ。
「足止めの術式、氷結!」
動けなくなった角兎に短剣を振り下ろした。
「よし、一本っす!」
パーダロは森にすら入らずに街へ戻っていた。
素材屋の扉をたたく。
「角兎の角を買いたいのですが」
商人が愛想よく応じる。
「あいよ。何本ほしいんだい?」
パーダロは笑顔で頷いた。
「あるだけ全部ください」
森の奥。
アルファスはぶつぶつとつぶやきながら歩いていた。
「角兎の生態は……縄張りを持たず、小規模な群れで行動すること……」
地面を見ながら歩く。つぶやきは止まらない。
「群れの規模は五から十匹程度……活動時間は日の出から昼前……食性は草食だが、栄養価の高い若芽を好む……だからこの時期は北側の斜面の方が……」
アルファスはつぶやきながら森の奥へと消えていった。
一刻後、新人たちが訓練場へ戻ってきた。全員が袋を手に提げている。
「よし。みんな戻ったね。じゃあ数えよう」
ナタリアさんが一人ずつ確認していく。ほとんどの新人たちは、3本から5本といった所だった。そんな中。
「お、グーダス君は十本だね」
他の新人たちから感嘆の声が上がる。
「十本!?」
「すげぇ……」
「さすが騎士団長の息子だな」
グーダスは鼻を鳴らした。
「ま、こんなもんだ」
両手を広げて肩をすくめた。
「アッチムちゃんは八本だね。これまた優秀だねぇ」
「へへん」
アッチムが胸を張る。
「うち、頑張ったっす!」
他の新人たちも感心したように頷いた。
そして。
「パーダロ君は……二十三本か」
その場が静まり返った。
「は?」
「二十三本?」
「マジかよ!?」
ざわめきが広がる。
二十三本は明らかに別次元だった。グーダスですら目を見開いている。
「どうやった?」
「効率ですよ」
パーダロは涼しい顔で答えた。
グーダスは気づいた。パーダロの用意した角は他のと違って綺麗だった。まるで商品のように。
「おまえ……買ったのか?」
グーダスが呆れたように言う。
「買いました」
パーダロはあっさり認めた。
「買ってはいけないとは言われませんでしたので」
「うわぁ……」
アッチムが露骨に嫌そうな顔をした。
「最低っす」
「勝てばいいんですよ」
パーダロは肩をすくめる。
「手段は問わないと言われましたからね」
新人たちは顔を見合わせた。確かにルール違反ではない。気に入らないが、反論もできなかった。
パーダロは勝利を確信したように微笑んだ。
「では、これでわたしの講習は――」
「あ、あの……」
小さな声が割って入った。
全員の視線が向く。アルファスだった。
「僕も……」
おずおずと前へ出て、袋を置いた。
どさっ。
妙に重い音だった。
「ん?」
ナタリアさんが首を傾げる。
袋の中を覗き込み、一つずつ角を並べ始めた。
一つ。
二つ。
三つ。
最初は誰も気にしていなかった。だが。
「……多くないか?」
誰かが呟く。
十。
十五。
二十。
パーダロの笑顔が消えた。
二十五。
三十。
新人たちのざわめきが止まる。
三十九。
四十。
四十一。
そして。
「……四十二本だね」
ナタリアさんが呟いた。
沈黙が場を支配した。誰も声を出さない。
切り口と汚れ具合を見ても、今まさに取ってきたのは明らかだった。
「え?」
アルファス本人が首を傾げた。
「そ、そんなにありましたっけ……?」
グーダスが固まっていた。
アッチムも。
パーダロも。
誰もが同じことを考えていた。
いったいどうやった。
誰も答えを出せなかった。
「どうニャン?」
ニャリエナがどや顔で胸を張った。
「勇者様はすごいニャン♡」
誰一人、反論できなかった。
※ニャリエナの独り言
やっぱり勇者様はすごかったニャン!
次回、『すんやりニャン』
期待してニャン!




