第22話 先生と、十二人と、不満たらたら
冒険者ギルドの訓練場には、十二人の新人冒険者たちが集められていた。
新人たちは思い思いに武器の手入れをしたり、仲間と話したりしている。
「新人教育ねぇ」
赤茶色の短髪の青年がそう言って腕を組んだ。
鍛えられた身体、腰には使い込まれた剣。新人たちの中でもひときわ堂々としている。
「教育なんざ受ける必要あるのか?」
「自信満々っすね」
小柄な少女が笑った。腰に短剣を二本差し、動きやすそうな軽装姿をしている。
「あたりまえだ。俺は騎士団長ガルドの息子、グーダスだぞ」
青年が名乗った途端、訓練場にざわめきが広がった。グーダスは当然だという顔で続けた。
「俺は最速でSランクまで駆け上がるつもりだ。いずれ勇者エルクードも超えてみせる」
「言うっすねぇ」
少女がけらけら笑った。
「うちはアッチム。先月の武術大会女子の部優勝者っす」
今度は別のざわめきが起きた。
「マジか」
「聞いたことあるぞ」
アッチムは得意げに胸を張った。
「そこらへんの男には負けないっすよ」
「暇があったら相手してやる」
二人の間に火花が散った。
「おやおや」
別の声が割り込む。妙に上等な装備を身につけた青年だった。革鎧も剣も明らかに高級品だ。
「庶民は元気で結構ですねぇ」
アッチムの眉がぴくりと動いた。
「あんた、誰っすか?」
「パーダロです。実家はトールネン商会を営んでおります」
青年は優雅に一礼した。
「あー、あの成金の」
アッチムが納得した。
「成功者と言っていただきたいですね」
パーダロは笑う。
「努力も結構ですが、効率の方が大事でしょう? 最速で強くなるには金ですよ。才能のない人ほど努力を美化したがるものです」
グーダスが舌打ちしたが、パーダロは涼しい顔のままだった。
空気が少し険悪になったその時、ギルド奥の扉が開いた。
「はいはい、静かにねぇ」
ナタリアさんが入ってきた。書類を軽く振りながら訓練場を見渡す。
「今日から君たちを教育する講師を紹介するよ」
新人たちがざわめいた。
どんな講師が来るのか、期待する者もいれば、不満そうな顔をする者もいる。
訓練場には様々な感情が渦巻いていた。
「じゃあ、入ってー」
ナタリアさんが呼びかけると、扉の向こうから二人の姿が現れた。
一人は茶色い猫耳をぴんと立てた獣人の少女。もう一人は、その後ろからおずおずと付いてくる眼鏡の男だった。
新人たちの視線は、獣人の少女へと向かった。
「おお、猫獣人か」
ニャリエナを見て、グーダスは目を細めた。
「父上から聞いたことがある。獣人は身体能力が高く、特に猫系は動体視力と反射神経が別格らしい」
「へー、じゃあ体術系の講師っすかね?」
アッチムの目が輝いた。
「可愛いし、健康的だし、素晴らしいですねぇ」
パーダロもそう言ってニヤリと笑った。
「ニャ?」
ニャリエナはきょろきょろした。
「何ニャン? ご飯でもくれるニャン?」
「は?」
新人たちが首を傾げた。
「あ、あの……」
その横でアルファスがおずおずと手を上げた。でも、誰も見ていない。完全に空気だった。
ナタリアさんがぱんぱんと手を叩く。
「はい、みんな注目」
新人たちの視線が集まる。ナタリアさんはにっこり笑った。
「その獣人ちゃんは助手よ。講師はこっちの人ね」
そう言ってアルファスを指差した。
しばらくの間、その場に沈黙が落ちた。そして。
「ぎゃははは。マジかよ!」
「や、やべえ。あいつが講師って、腹痛ぇ」
「ち、小せえし、ヒョロガリじゃねえか」
爆笑が起き、皆が口々に好き勝手なことを言い始めた。
「ふぇぇ……」
アルファスはより小さく縮こまった。
「うわぁ……陰キャだ……うち、こういうジメジメした人、苦手っす」
アッチムが顔をしかめた。
グーダスが腕を組みながら口を開いた。
「その講師の人、冒険者ランクはいくつですか?」
「あ、あの……Dです……」
アルファスはおずおずと答えた。
グーダスは舌打ちして続けた。
「ナタリアさん、俺は騎士団長の父から直接手ほどきを受けてる。この人から教わることがあるとは思えない」
グーダスの言葉を聞いて、パーダロも肩をすくめながら口を開いた。
「最近は人手不足らしいですしねぇ。見るからに貧乏そうですし。報酬目当ての人数合わせじゃないですか?」
そう言って、アルファスを上から下まで眺める。
新人たちから失笑が漏れた。アルファスは汗をかいて小さくなっている。
その時だった。
「ふぎーーーっ!!」
ニャリエナが声をあげた。尻尾がぶわっとふくらみ、耳が逆立つ。
「みんな何言ってるニャン! 勇者様はすごいニャン! 強いニャン! 優しいニャン! かっこいいニャン!!」
「勇者様あ? 誰のことっすかあ?」
アッチムが首を傾げる。
「勇者様は勇者様ニャン!!」
パーダロが目を細めた。
「ああ、よく見たら奴隷の腕輪してますねえ。獣人奴隷じゃないですか」
何かに気付いたように頷く。
みんなの視線がニャリエナの手首へ集まった。
パーダロはニヤニヤしながら続けた。
「ご主人様を守ろうとする忠実な奴隷。微笑ましいですねぇ。でも、奴隷の言葉を根拠に講師を評価するのは、さすがに無理がありますねぇ」
ニャリエナの動きがぴたりと止まった。
「ふぎーーーーーっ!! 違うニャン!! 勇者様は本当にすごいニャン!!」
「あ、あの……」
アルファスがおろおろと割って入る。
「に、ニャリエナさん……もういいですから……」
「よくないニャン!!」
「そ、そう言っていただけるのは嬉しいですけど……」
「勇者様はすごいニャン!!」
「たはは……」
二人のやり取りを見て、新人たちが揃って呆れた顔をした。
「面倒くさいっす」
「面倒くさいな」
「面倒くさいですねぇ」
ナタリアさんが大きくため息を吐いて、ぱんぱん、と手を叩いた。
「はいはい。君たちの不満は分かった。でも講師はこの人、アルファス君だ」
不満そうな顔が並ぶ。誰一人納得していない。
だが、新人教育を終えなければ冒険者ライセンスは得られない。逆らうこともできなかった。
「今日は顔合わせだ。明日同じ時間に、ここに集合すること。今日はここまでとする」
ナタリアさんが宣言すると、新人たちは不満を隠そうともせずに、ぞろぞろと出て言った。
「ふふふ。彼らの顔がどう変わるか、楽しみだね」
新人たちを見送りながら、ナタリアさんは楽しそうに笑った。
「え……な、何も変わらないと思いますが……」
隣でアルファスがぶつぶつとつぶやく。
「勇者様、先生ニャン! すごいニャン♡」
ニャリエナはしっぽを振りながら、くるくると回っていた。
※ニャリエナの独り言
新人たちは生意気ニャン! 勇者様の実力を思い知るがいいニャン!
次回、『勇者様の実力、思い知れニャン!』
期待してニャン!




