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ケモ耳少女が惚れた勇者は、自己肯定感ゼロでした  作者: 遠崎カヲル
新人冒険者と勇者様

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第21話 空腹と、賄いと、先生じゃないです

 宿の部屋は静かだった。窓から昼の光が差し込んでいる。


 ベッドの上で、茶色の耳をした猫獣人の少女がぐったりと横になっていた。

 その金色の瞳は虚ろで、尻尾も力なく垂れ下がっている。


「し、しっかり……してください……ニャリエナさん」


 獣人の少女にそう呼びかけたのは、一人の男だった。


 分厚い丸眼鏡をかけているが、それも長い前髪に隠れがちである。

 背が高くない上に猫背で縮こまっているので、余計に小さく見える。

 ローブの下の身体は痩せっぽちで、頼りがいがあるようには見えない。


「勇者様……」


 ニャリエナと呼ばれた獣人の少女は、その男にはとても似つかわしくない呼び名で、そう呼んだ。


 勇者様と呼ばれた男……アルファスは、困ったように視線を彷徨わせた。


「だ、大丈夫ですか……? その、顔色が……」


「もう……だめニャン……」


 ニャリエナが力なく呟くと、アルファスの顔色が変わった。


「力が……入らないニャン……」


 アルファスがおろおろとベッドへ近づく。


「に、ニャリエナさん……まさか!」


 ぐぅぅぅ。


 ニャリエナの腹が鳴った。


「お腹すいたニャン……」


 ぺたん、と耳が垂れる。


「ですよね……ごめんなさい……」


 アルファスの頭も垂れた。

 握りしめた財布代わりの革袋はひどく軽かった。






「ぼ、僕が風邪なんて引いたせいで……お金がなくなっちゃって……」


「勇者様のせいじゃないニャン」


 ぐぅぅぅ。


 ニャリエナの腹が再び鳴った。アルファスの肩がびくっと跳ねた。


「このままだと……宿にも泊まれないです」


「野宿は平気ニャン」


 ニャリエナがころんと寝返りを打つ。


「でも、ご飯ないのは嫌ニャン」


 ぐぅぅぅ。


 また鳴った。アルファスが顔を青くした。


「す、すみません……!」


「だから働くニャン」


 ニャリエナがムクッと起き上がった。耳がぴんと立つ。


「冒険者ギルドに行くニャン」


「……そ、そうですね」


 アルファスも立ち上がりかけて、ふと動きを止めた。


「あ、あの……ニャリエナさん、ひとつお願いが」


「なんニャン?」


 アルファスの視線が泳ぐ。


「その……この前、僕が何をしたかは……あまり口外しないでください……」


「ニャ?」


「探知術とか……その……獣人攫いを懲らしめたとか……」


 声がどんどん小さくなる。


「騒ぎになると……怖いので……」


 ニャリエナはぱちぱちと瞬いた。


 本当は言いたかった。勇者様が悪い人たちをやっつけたって、いっぱい自慢したかった。


「……勇者様が嫌なら言わないニャン」


 アルファスが小さくほっと息を吐いた。


「す、すみません……」


「その代わり」


 ニャリエナが真顔になった。


「ご飯は食べたいニャン」


 ぐぅぅぅ。


 腹が鳴った。


「……頑張ります」


 ニャリエナの尻尾がぱたぱたと振れる。


「勇者様ならいっぱい稼げるニャン♡」


「に、ニャリエナさんがそう言うなら、頑張れる気がします」


 アルファスは眼鏡を押し上げながらこくりとうなずいた。




 昼のギルドは騒がしかった。

 冒険者たちの怒鳴り声、酒の匂い、受付のざわめきがごった返している。


 アルファスは身体を縮こまらせ、隅っこの方をおずおずと歩いた。


「おや」


 受付の奥から、ナタリアさんがこちらを見た。


「やあご両人。元気そうだね」


「そ、その節は……お世話になりました……」


「大変だったニャン」


 ナタリアさんが少しだけ目を細めた。


 ニャリエナが攫われて助けられた件、アルファスが誤解から拘束された件、そのあたりの事情は知っている。


 ただ、誰がどうやって助けたのか、街を覆ったあの巨大魔法陣は何だったのか、その辺りは詳細不明のままだった。


「体調はもう大丈夫なのかい?」


「は、はい……なんとか……」


「勇者様、いっぱい寝てたニャン」


「そりゃよかった」


 ナタリアさんが書類を整理しながら、何気ない声で続けた。


「そういえば、この前の事件は知ってるかい?」


 アルファスの肩が跳ねた。


「……じ、事件?」


「街全体が巨大な魔法陣に覆われたんだよ。何者かが発動したらしくて、ギルドでも調査中でね」


「ぼ、僕は熱で寝込んでたので……」


 露骨に視線が泳ぐ。


「わたしは攫われてたニャン」


 ニャリエナはそっぽを向いた。唇からヒューヒュー音がする。どうやら口笛のつもりらしい。


 ナタリアさんはしばらく二人を見ていたが、やがて小さく息を吐いた。


「……まあ、いいさ」


 ナタリアさんはそう言ってニコリと笑った。


 アルファスが少しだけほっとした顔をした。その様子を見て、ナタリアさんが苦笑した。


「それはそうと近頃ね、魔獣の異常個体が増えてるんだよ」


 ナタリアさんが困った表情を浮かべた。

 アルファスの表情が少し変わった。


「そのせいで、冒険者の帰還率も下がっててさ。このままじゃ……ギルドの存続が……」


「な、生々しいニャン……」


 ニャリエナが耳を伏せた。


 アルファスは少し迷ってから、小さく口を開いた。


「……そ、それだけじゃ済まない気が……」


「ん?」


「い、いえ……」


 視線を逸らした。


 ナタリアさんはその顔をしばらく見つめ、それから一枚の書類を取り出した。


「そこでなんだけど」


 ぴらり。


「アルファス君、ギルドに借り、あるよねぇ?」


 アルファスが硬直した。


「あぅ」


「釈放のために、かなり便宜は図ったつもりなんだけど?」


「う……」 


「その借りを返してもらおうか」


 ナタリアさんがにっこり笑う。 


「ぼ、僕なんかに返せるものは……」


「あるじゃないか」


 書類が机に置かれた。

 『新人冒険者教育計画』と書いてある。


「君に、新人冒険者の教育を頼みたい」


「ふぇっ!?」


 変な声が出た。ギルド中の視線が集まる。アルファスは真っ青になった。


「む、無理です!! ぼ、僕なんかが教えるなんて!! 新人さんが可哀想です!!」


 ナタリアさんは慣れた顔だった。


「大丈夫大丈夫。簡単な座学と実践教育だけだから。最近ほんと人が足りなくてねぇ」


「で、でも……」


「帰還率……下がってるんだよ」


「ぼ、僕なんか……」


「教育係が足りないんだよ。ちゃんと報酬も出るよ」


「その……」


 なかなか「うん」と言わないアルファスに向かって、ナタリアさんが最後の言葉を投げかけた。


まかない付きだよ」


 ニャリエナが勢いよく顔を上げた。


「やるニャン」


 即答だった。


「ふぇっ!? ニャ、ニャリエナさん!?」


「賄いは、わたしの分もあるニャン?」


「あるよ」


「お肉は出るニャン!?」


「たぶん」


「やるニャン♡」


 ニャリエナとナタリアさんは、固い握手を交わした。完全に決定である。アルファスだけが青ざめている。


「ふぇぇぇ……」


 ナタリアさんが書類をどさっと机に置いた。


「じゃ、決まり。よろしくね」


 アルファスの前に積まれる資料。一番上には大きく書かれていた。


『新人冒険者教育計画 受講者十二名』


 アルファスの顔から血の気が引いた。


「じ、十二ぃ……?」


 ニャリエナが尻尾を振る。


「勇者様、先生ニャン♡」


「ぼ、僕、先生なんて……絶対むりです……」

※ニャリエナの独り言

勇者様、先生を頼まれたニャン! さすがニャン!

次回、『新人たちは生意気ニャン!』

期待してニャン!


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