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ケモ耳少女が惚れた勇者は、自己肯定感ゼロでした  作者: 遠崎カヲル
ケモ耳少女と勇者様

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第20話 熱と、アルファス様と、よろしくニャン

 瞼が重かった。

 瞼だけじゃなく、頭も身体も重かった。熱が身体の奥へまだ残っている。


 アルファスは咳き込みながら目を開けた。視界がぼやけている。

 天井が見えた。ここはどこだろう、と思う前に、ぼんやりとした視界の端に何かが映った。

 ゆっくりと顔を向ける。

 金色の瞳が、すぐ近くにあった。


「……ニャリエナさん……?」


 ベッドへ身を乗り出すようにして、ニャリエナがこちらを覗き込んでいる。耳がぴくりと動いた。


「起きたニャン!」


 ぱっと表情が明るくなり、尻尾がゆれた。


 近い。ものすごく近い。

 アルファスの思考が止まった。


「ふぁっ!?」


 反射的に身体を起こそうとして、失敗した。


「ぐふっ!」


 そのままベッドへ沈む。頭痛とだるさがまだある。


「勇者様!?」


 ニャリエナが慌てて肩を支えた。

 アルファスの顔が一気に赤くなった。熱のせいだけでは、おそらくない。


「は、離れてください……!」


「ニャン?」


「ち、近いですから……!」


 ニャリエナは首を傾げながらも、素直に少し離れた。

 それからにこにこしながら言った。


「勇者様、重かったニャン」


「……へ?」


「ここまで運ぶの大変だったニャン」


 アルファスは数回瞬きをした。そこでようやく、途切れていた記憶が戻り始める。

 市場。術式。荷車。ニャリエナ。そして、崩れ落ちる前に見えた顔。


「……あ」


「また、助けられたニャン」


 ニャリエナが嬉しそうに笑った。


「勇者様、助けに来てくれたニャン」


 アルファスは、ほっとしたように小さく息を吐いた。


「……無事で、よかったです……」


 ニャリエナはしばらく、じっとアルファスを見つめていた。

 それから、少しだけ表情を変えて、静かに口を開いた。


「勇者様、どうして助けに来てくれたニャン?」


 アルファスの肩がびくっと震えた。すぐには答えなかった。視線が天井へ逃げる。眼鏡を押し上げた。

 それから、絞り出すように言った。


「……奴隷所有者としての、責任ですから……」


 言ってから、おそるおそるニャリエナの顔を見た。


「……そう言うと思ったニャン。知ってたニャン」


 ニャリエナは答えた。口調は軽く、にこにこしていた。


「あ……えっと……」


 アルファスは眼鏡を押し上げた。視線が泳ぐ。何か言おうとして、うまく言葉が出てこなかった。


「勇者様、熱は下がったニャン?」


 ニャリエナが話を変えた。

 アルファスはほっとしながら、自分で額に手を当てた。


「ど、どうでしょう……」


「自分じゃわからないニャン。測ってあげるニャン」


 そう言って、ニャリエナが近づいてきた。


「ちょ、ニャリエナさん、近いですよ!」


「熱を測るだけニャン。おでこ出すニャン」


「わ、わかりました……」


 アルファスはおずおずと眼鏡を外した。

 分厚いレンズの奥から現れた顔は、思っていたよりずっと幼い。

 前髪をかき上げると、白い額が覗いた。


 ニャリエナがじっと見つめてくる。やがて、その頬が少しだけ赤く染まった。


「……可愛い……ニャン」


「な、なんですか……」


「なんでもないニャン」


 ニャリエナも額を出して、そのまま顔を近づけた。


 近い。


 ニャリエナの息がかかる距離だった。

 アルファスは恥ずかしさに耐えきれず、ぎゅっと目を閉じた。


 その瞬間だった。


 ちゅ。


 唇へ、柔らかい感触が触れた。


「――っ」


 アルファスの思考が止まった。本当に一瞬だった。

 恐る恐る目を開けると、ニャリエナはすでに、少し離れた場所でにこにこしていた。


「下がったみたいニャン」


 アルファスは固まった。数秒遅れて、顔が真っ赤になった。


「………………へ?」


 唇へ触れた感触が、まだそこにある気がした。柔らかかった。いまのは、いったい。


「あ、あわわっ……!?」


 ニャリエナは澄ました顔で、尻尾をゆらゆらと揺らしていた。




 アルファスの熱がようやく下がり、久しぶりに、二人で街を歩いていた。


「……ごほっ。まあ、だいぶ楽になりました……」


 まだ少し顔色は悪いが、歩ける程度には回復している。

 昼の通りは賑やかだった。露店の呼び声。焼いた肉の匂い。行き交う人々の足音。

 ニャリエナは、ぴたりとアルファスの隣を歩いていた。肩が触れそうなくらい近い。


「……ニャリエナさん」


「ニャン?」


「ち、近いですよ……」


「そうニャン?」


 ニャリエナはきょとんとしていた。全く気にしていない顔だった。

 アルファスはそっと半歩離れた。するとニャリエナも自然に半歩寄ってくる。また近い。


「あう……」


 さらに少し距離を取る。ニャリエナもついてくる。

 近い。ものすごく近い。


「に、ニャリエナさん……」


「ニャン?」


「きょ、距離が近いですってば……!」


「なんでニャン?」


 即答だった。アルファスが詰まる。


「な、なんでと言われても……その……」


 視線が泳ぐ。眼鏡を押し上げる。また押し上げる。

 その間にも、ニャリエナは当然のように隣を歩いていた。尻尾が機嫌よさそうに揺れている。


「奴隷はご主人から離れちゃいけないニャン」


「……いつまでも奴隷では、いられないですから」


「ずっと奴隷ニャン」


 即答だった。にこにこしている。

 アルファスの顔が引きつった。


「い、いずれ嫌になります……その……僕なんかといても……」


 そこで言葉が詰まった。


 突然、ニャリエナが立ち止まった。


「勇者様」


「は、はい」


 少しだけ間があった。


「……ううん。アルファス様!」


 名前を呼ばれ、アルファスの肩が跳ねた。恐る恐る、ニャリエナを見る。

 ニャリエナは真面目な顔をして、アルファスを真っ直ぐに見つめていた。

 耳がぴんと立っている。いつもの軽い顔とは違った。


「わたし、嫌だったらちゃんと言うから」


「……え」


「それまでは、何があっても絶対離れないから」


 静かな声だった。でも、とても真っ直ぐだった。

 アルファスは何も言えなかった。何か言おうとして、言葉が出てこなかった。眼鏡を押し上げ、視線が泳いだ。


 ニャリエナは満足そうに尻尾を揺らすと、そのまま前へ歩いていった。


「だからこれからもよろしくニャン」


 軽い足取りだった。今にもスキップしそうなくらい。

 ニャリエナの背中を見送りながら、アルファスは小さく息を吐いた。


「……やれやれ、です……」


 困ったような声だった。

 けれど、その口元はほんの少しだけ緩んでいた。


 その時、アルファスの身体から、ほんの小さな黒い欠片が飛び出した。欠片は地面に落ちると、砕けて音もなく消えた。


 二人とも、そのことには気づかなかった。




 その後、違法獣人を連れ歩いているとの通報でアルファスは拘束された。

 獣人奴隷の管理腕輪を、無理やり外されていたことを忘れていた。


 ニャリエナの必死の嘆願と、ナタリアさんの尽力で事なきを得た。




 ―― 第一部 完 ――

※ニャリエナの独り言

第一部の最後まで読んでくれて、感謝感激ニャン!

次回から『新人冒険者教育編』が始まるニャン。

期待してニャン!

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