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ケモ耳少女が惚れた勇者は、自己肯定感ゼロでした  作者: 遠崎カヲル
ケモ耳少女と勇者様

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第15話 檻と、お姉ちゃんと、やっぱり最高ニャン

 拠点の奥には、鉄檻が並んでいた。

 辺りには、湿った空気の中に、血と薬品の匂いが混ざって、漂っている。


 檻の中では獣人たちが身を寄せ合っていた。猫獣人、犬獣人、狐獣人。全員が痩せ細り、怯えた目をしていた。

 首には違法な首輪がはめられている。


 ニャリエナの鼻がひくひくと動いた。


「……みんな、ここにいたニャン」


 アルファスが静かに檻へ近づいた。


「……解錠術式……」


 金属音が響き、鍵がひとりでに外れた。檻の扉がゆっくりと開く。しかし、誰も動かなかった。

 獣人たちはアルファスを見たまま、檻の奥へ身を縮めている。人間がいる。それだけで体が強張っていた。


 ニャリエナが慌てて前へ出た。


「もう大丈夫ニャン! 悪い奴らは全部やっつけたニャン!」


 獣人たちは顔を見合わせ、それからおずおずと、一人ずつ外へ出てきた。全部で七人だった。


 その時、ニャリエナの鼻先がぴくりと震えた。

 なつかしい匂い。知っている匂いがした。


「……お姉ちゃん?」


 檻の奥で、一人の猫獣人が顔を上げた。

 長い黒髪。鋭い金色の目。ニャリエナより少し背が高い。体は傷だらけだった。


「……ニャリエナ?」


 数秒、互いに固まった。


「お姉ちゃあああん!!」


 ニャリエナが飛びついた。尻尾がぶわっと膨らんだ。


「生きてたニャン!!」


「ニャリエナ……なんでここに……」


「助けにきたニャン! 勇者様と!」


 ニャリエナが後ろを振り向いた。アルファスがおろおろしながら軽く頭を下げた。


「ど、どうも……たはは……」


 その瞬間、姉の目つきが変わった。

 ニャリエナを背中側へ引き寄せて、アルファスを睨みつけた。


「……人間なんか信用できないニャ」


「違うニャン!! 勇者様は本当にいい人ニャン!!」


「何が違うニャ」


「全部ニャン!!」


「説明になってないニャ!」


「ふぎー!!」


 ニャリエナが頭を抱えた。


 姉はじっとアルファスを見ていた。

 血まみれのローブ。曲がった眼鏡。おどおどした挙動。微妙な空気が漂う。


 やがて、姉の鼻がぴくりと動いた。


「……あれ?」


 ゆっくりとアルファスへ近づく。アルファスが後ずさりする。


「ち、近いですが……」


 姉が鼻を近づけた。


 すん。


 一度止まって、もう一回。


 すんすん。


 さらに顔を近づけて、すんすんすん。


「ちょ……な、なんですか!?」


 姉の目が見開かれた。頬がうっすら赤くなり、尻尾がぶわっと膨らんだ。


「……ああ、やばいこれ……これは本物だニャ」


 姉がぼそっと呟いた。


「ニャリエナの気持ち、わかったニャ」


 ニャリエナの顔がぱあっと明るくなった。


「分かってくれたニャン!?」


 次の瞬間、姉がアルファスへ抱きついた。


「この雄、ほしいニャ」


「ふぁ!?」


「ダメニャン!!」


 ニャリエナの毛が逆立った。その声に、周囲の獣人たちがびくっと震えた。


 しかし次の瞬間、一人の狐獣人が呟いた。


「……ほんま、ええ匂いやわぁ」


「は……はい??」


「……ちょっとだけ、嗅がせてもろてもええ?」


 別の獣人もおそるおそる近づいてきた。すんすん。


「……ほんとだワン」

「すごい安心する匂いだミュ……」

「かっこいいガウ……」


 気づけば、七人全員がわらわらとアルファスの周りに集まっていた。

 腕を掴まれる。ローブを引っ張られる。眼鏡まで触られた。


「ちょ、近い! みんな、近いです!! あわわっ!?」


「安心するミュ……」

「抱きつきたいワン……」


「ふぎゃああああ!!」


 ニャリエナが全力で飛び込んだ。


「みんな離れるニャン!!!!!」




 ギルドへ戻った時、ギルド中の空気が止まった。アルファスの後ろに、獣人の娘たちがぞろぞろと並んでいた。

 腕を掴む者。ローブの裾を握る者。背中へ寄りかかる者。全員、アルファスにべったりだった。

 


「勇者様ぁ……」

「離れたくないミュ……」

「安心するワン……」


「あのっ!? ち、近いですから……離れて!?」


 ギルド中の視線が集まった。静寂があって、それから誰かが呟いた。


「おい……あいつ……やりやがったのか?」


 ニャリエナだけが、毛を逆立てていた。


「ふぎー!! 離れるニャン!! 勇者様はわたしのニャン!!」


「そ……それも、違います!!」


 アルファスは、半泣きになりながらカウンターへ辿り着いた。

 ナタリアさんが顔を上げて、目を丸くした


「……おかえり。随分すごい事になってるね?」


「依頼……達成しました……はい……」


 アルファスが達成の証拠物を置いた。

 違法首輪、契約書、押収資料。ギルドがざわついた。


「マジかよ……」

「本当に壊滅したのか」

「裏に商会ついてたんだぞ」


 ナタリアさんが静かに尋ねた。


「……どうやったの?」


 アルファスはこくこくと頷いた。


「行ったら……組織が内輪揉め……していたんです」


「……はい?」


「組織内で……殺し合いになっていて……」


 アルファスは大量の汗をかきながら一生懸命説明した。


「ほとんどが瀕死……だったので……漁夫の利で……救助しました」


 ギルドが静まり返った。数秒後、爆笑が起きた。


「ぎゃはははは!!」

「お前ほんと運だけはいいな!!」

「獣人にモテモテじゃねえか!!」

「羨ましいぞこの陰キャ!!」


「ふぁっ!?」


 アルファスが縮こまった。ニャリエナがぷんすかしていた。


「モテモテじゃないニャン!! 勇者様はわたしのニャン!!」


「いや増えてるじゃねえか!」


 また笑いが起きた。

 ギルド中から笑われながら、アルファスは続けた。


「あの……今回も、本当に何もしてなくて……報酬は獣人の方々の保護に使って……ほしいです」


「おおー!!」


 周りから感嘆の声が上がった。


「見直したぞ陰キャ」

「なかなかできる事じゃないぞ」

「まあ、運だけじゃ報酬はもらえないよな」


 ギルド中からアルファスに向かって声がかけられる。

 

 その中で、ナタリアさんだけは何も言わなかった。

 受付カウンターの下で、嘘発見用の水晶が淡く光っている。ナタリアさんはそれを見下ろして、小さく口元を緩めた。


「……なるほどねえ」


 ナタリアさんは誰にも聞こえないような声で、小さくつぶやいた。




 しばらくして、役所の保護部隊が到着した。獣人たちが順番に保護されていく。


「やだぁ……勇者様と離れたくないワン……」

「もっと一緒にいたいミュ……」

「忘れないからぁ……!」


「ふぁっ!? な、泣かないでほしいです!?」


 アルファスがおろおろしている横で、ニャリエナはずっとフーフー威嚇していた。


「離れるニャン!! みんな離れるニャン!!」


 その時、姉がニャリエナを呼んだ。


「ニャリエナ」


 ニャリエナが振り向いた。姉はもう落ち着いた顔をしていた。

 傷だらけではあるが、最初の刺々しさは消えている。


「わたしは一族のところへ戻るニャ」


「……お姉ちゃん」


「ニャリエナも、いつでも戻ってきていいニャ」


 ニャリエナはアルファスのローブをぎゅっと掴んだ。


「戻らないニャン」


 即答だった。


「勇者様と一緒にいるニャン!」


 アルファスが飛び上がった。


「ふぁっ!?」


 姉はしばらく黙っていた。それから、くすっと笑った。


「……わかったニャ」


 ゆっくりとアルファスを見た。アルファスがびくっと肩を震わせた。


「ニャリエナを頼むニャ」


「ふあっ!? え、えと……奴隷の主人として、できる限りの責任で……」


 アルファスはしどろもどろになりながら答えた。


 姉が少しだけ目を細めた。


「あと、また今度、匂い嗅がせてほしいニャ」


「ふぁっ!?」


「ダメニャン!!!!」


 ニャリエナの毛が逆立った。周囲から笑い声が上がった。

 姉は尻尾を揺らしながら歩き出した。


「じゃあね、ニャリエナ」


「……またニャン!」


 保護されていく獣人たちが、口々に声をかけてきた。


「さようなら勇者様ー!」

「絶対忘れないからー!」

「また会いたいー!」


「あわわ……み、みなさん……お元気で……」


 騒がしい声が遠ざかっていった。ギルドの前に静けさが戻った。

 ニャリエナはまだアルファスのローブを掴んでいた。それから、小さく胸を張った。


「……やっぱり勇者様は最高の雄ニャン!」


「ふぁっ!?」


 アルファスは、汗びっしょりで眼鏡を押し上げた。

 ニャリエナはにっこり笑うと後ろを向いた。


「勇者様、おなかすいたニャン。何か食べるニャン!」


 そう言ってニャリエナはぴょこぴょこと食堂に向かって歩いていった。

 その背中を見つめながら、アルファスは小さな声でそっとつぶやいた。


「そうか……ニャリエナさんには……帰る場所があるんですね……」


 それからゆっくりとニャリエナの後を追った。

※ニャリエナの独り言

勇者様のおかげでお姉ちゃんも助かったニャン! 

次回、『勇者様がなんだかおかしいニャン!』

期待してニャン!


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