第13話 ナタリアさんと、重たい依頼と、止まらない勇者様
「おはよー、ご両人」
冒険者ギルドへ入ると、受付カウンターから声が飛んできた。
声の主はナタリアさんだ。
最近ギルドへ職員として派遣されてきた人で、 歳は二十代後半くらい。面倒見が良く、すでにギルドの人気者だった。
実際、何人かの冒険者がお誘いをかけたが、そちらは全滅したらしい。
ナタリアさんは、アルファスを見てにこっと笑った。
「やあアルファス君。今日も相変わらず暗くて冴えない――失礼、陰キャでキモいね」
「あの……悪口に……悪口が重なってませんか?」
ニャリエナの耳がぴんと立った。
「勇者様はキモくないニャン!」
「お、怒った」
ナタリアさんは楽しそうに笑った。
「でも、相変わらず二人は仲いいねぇ」
「そうニャン!」
「ただの……主人と奴隷です」
ナタリアさんが少しだけ目を細める。
「……ふふ。それでもいいさ。獣人奴隷と主人は、そうあるべきなんだ」
ニャリエナが首を傾げた。
「どういう事ニャン?」
ナタリアさんは受付カウンターへ肘をつきながら言った。
「獣人奴隷制度って、本来は獣人を保護するための制度なんだよ。獣人の中には困窮している者も多い。奴隷契約の代わりに衣食住を保証し、所有者は獣人を保護する責任を負うんだ」
ナタリアさんは小さくため息をついた。
「制度を逆手に取って、違法獣人攫いをする連中が後を絶たなくてね。契約奴隷に偽装しているが、ひどいもんさ」
「獣人は高く売れるからな」
別の冒険者が吐き捨てるように言った。
ニャリエナの尻尾が小さく揺れた。
その時、別の冒険者が二人ををちらりと見た。
「あいつらは関係悪くなさそうだよな」
「そりゃあ、あの陰キャは人間の女には相手にされなさそうだしな」
「獣人奴隷に逃げられないよう必死なんだろ」
笑いが起きた。
「それでも、奴隷が幸せならいいことじゃないか」
ナタリアさんが周囲をたしなめる。
そしてもう一度ため息をついて、掲示板を指さした。
「役所も見かねて、ギルドに依頼をかけてきたんだよ」
ナタリアさんが掲示板を指さす。
掲示板の前には冒険者たちが集まっていたが、一枚の依頼書だけは、誰も手を伸ばそうとしていなかった。
『違法獣人攫い組織 解体依頼(生死問わず)』
その一角にだけ、重い空気が漂う。
「やめとけ」
「獣人絡みは面倒だ」
「裏に商会がついてる」
冒険者たちが小声で言い合っている。
「調査に行った奴も戻ってねえ」
「下手に突っつくと消されるぞ」
ニャリエナの耳がぴくりと動いた。
「……難しそうな依頼ニャン」
ナタリアさんが頷く。
「かなりね。役所だけじゃ手に負えなくなってるわけだし」
アルファスは依頼書をじっと見ていた。
「……攫われた獣人たちは……どうなるのですか……」
ナタリアさんの表情が少し曇った。
「悲惨の一言だね。地方へ流されたり、違法鉱山へ送られたり……ひどい所だと、そのまま使い潰される。あとは慰み者さね」
ギルドの空気が静かになる。
ニャリエナの尻尾が、ゆっくりと伏せられた。
「……嫌な奴らニャン」
アルファスは依頼書を見たまま動かない。
「……攫われた方々の生存の可能性は……どの程度……あるんでしょう?」
「売られる前なら高いと思うよ。最近攫われた獣人も多いからね」
ナタリアさんは小さく肩をすくめた。
「ただ、時間が経てば経つほどどうしようもなくなる。だから役所も焦ってるんだ」
ナタリアさんが真面目な顔になる。
「でも、相手はかなり大きい組織だ。護衛も雇ってるし、違法魔導具まで使ってるらしい。手を出しようがないのが現状さ」
周囲の冒険者たちが顔をしかめた。
「だから誰も受けねえんだよ」
「割に合わねえ」
アルファスは小さく頷いた。
「そうですか」
そして、依頼書を剥がした。
ギルドが静まり返る。
「お、おい」
「あいつ受けるのか?」
「死ぬぞ」
ニャリエナはアルファスを見た。
「勇者様?」
「行きましょう」
迷いはなかった。
ナタリアさんの表情が変わった。
「まてまて……アルファス君」
「……なんですか?」
「君、話を聞いてなかったのか? 私が言うのも何だが、とても無茶な依頼なんだ。君がどうにかできるとは思えない」
「……それで?」
ナタリアさんは一瞬言葉を失った。
「いや、だから……行くならせめて、誰かと協力していくべきじゃ……」
ナタリアさんが周りを見渡す。全員が見事に視線を逸らした。
「まあ、気持ちはわかるけどよ」
「どうしようもねえもんな」
「まずは、自分の命を大事にしないと」
アルファスは依頼書に視線を落とし、誰に言うでもなくつぶやいた。
「僕の命より……攫われた獣人の命の方が……大事……です」
冒険者たちは皆、何も言えなかった。
「いや、そんな事はない。命は等しく大事だ。無駄死にするくらいなら、やめておくんだ」
ナタリアさんが真っ直ぐアルファスを見る。
「君が死んだところで、誰も喜ばないよ」
アルファスは少しだけ目を丸くした。
そんな事を言われるとは思っていなかったらしい。
「……そんな事はありません。僕の命くらい……」
「そんな事、言うもんじゃない!」
ナタリアさんは強い口調で言った。
「助けたい気持ちは立派だ。でも、どうにもならない事に突っ込んで死ぬのは、ただの無謀だよ」
ギルドの冒険者たちも静かに頷いていた。
さっきまで茶化していた連中も、今は笑っていない。
「……まあ、帰ってこれる依頼じゃねえわな」
「役所も半分諦めてるだろ」
アルファスは少し俯いた。依頼書を握る手に力が入る。
ニャリエナはそんなアルファスを見て、小さく尻尾を揺らした。
「勇者様……」
アルファスが視線を向ける。
「行くニャン?」
ニャリエナは、まっすぐアルファスを見ていた。
「……行きます」
アルファスは小さく頷いた。その表情には有無を言わさぬ雰囲気があった。
ナタリアさんは頭を抱えた。
「うわぁ……止まらないタイプだったかぁ……」
アルファスはぺこりと頭を下げた。
「では……行ってきます」
そのまま、くるりと踵を返す。
ニャリエナも後ろをついていった。
ナタリアさんは、その背中を見送りながら小さくつぶやく。
「せめて……生きて帰ってきなよ、アルファス君」
※ニャリエナの独り言
勇者様なら絶対行くと思ったニャン!
次回、『勇者様は最高の雄ニャン!』
期待してニャン!




