第36話:深夜の連行。――居酒屋で見せた『完璧な彼女』の狂気
駅前の喧騒。安っぽいアルコールの匂いと、大学生たちの無責任な笑い声。
私はその不潔な空間に、場違いなほど完璧なワンピース姿で足を踏み入れた。スマホのGPSが示す座標は、この雑居ビルの3階、大衆居酒屋の奥の座敷。
「あ、藤原の彼女さん!? マジで来たよ!」
「うわ、噂通りの超美人……」
合コンという名の醜い品評会。その中心で、居心地悪そうに小さくなっている悠真を見つけた。そして、その隣で「ほら、自由って最高だろ?」と笑う佐々木。
「……悠真。お迎えに上がったわ」
私の声が響いた瞬間、その場の空気が一変した。暖房の効いた室内が、まるでマイナス30度の極寒の地に変わったかのような錯覚。
「ほ、ほむら……。違うんだ、これは佐々木が強引に……」
立ち上がろうとする悠真の肩を、佐々木が強引に引き留めた。
「待てよ藤原! ここで帰ったらまた籠の鳥だぜ? 近衛さん、あんたもあんたですよ。GPSで監視なんて、もはやホラーですよ。藤原が可哀想だと思わないんですか?」
佐々木の言葉に、周囲が小さく同意の声を漏らす。
私は、ゆっくりと佐々木に歩み寄った。そして、彼の耳元で、他の一切を遮断するほど低い、澄んだ声で囁いた。
「……佐々木くん。あなたが昨夜、裏のアカウントで呟いていた『試験問題の不正流出に関する愚痴』。……あれ、大学の事務局に届いたらどうなるかしらね?」
佐々木の顔から、一瞬で血の気が引いた。
その頃、居酒屋の向かいにあるネットカフェの一室。
「……はい、佐々木くん、チェックメイト。あおば、データの送信準備は?」
みもりが画面上の『送信』ボタンに指をかけ、あおばと通信を繋ぐ。
「バッチリ。お兄ちゃんを連れ出した罪は重いよ。……見て、ほむら姉さまのあの顔。もう『彼女』じゃなくて『処刑人』の顔だもん」
あおばがタブレットに映る、ほむらの冷徹な横顔を拡大する。
「作戦名:『ソーシャル・デス・ディール』。……友情で愛を救おうなんて、100年早いのよ。ほむらはもう、悠真以外の人間を『背景』としか認識していないんだから」
「……悠真、帰りましょう。……あおばちゃんが、あなたの好きなスープを作って待っているわ」
私は、膝が震えている佐々木を無視し、悠真の手を強く握った。
悠真は、恐怖と安心が混ざり合ったような複雑な表情で、私に手を引かれるまま席を立った。
「……佐々木、ごめん。……俺、やっぱりここにいちゃダメみたいだ」
居酒屋を出て、冷たい夜風に当たると、悠真は絞り出すように言った。
「……ほむら。佐々木にあんなこと、しなくてよかっただろ……」
「……あら。私はただ、彼が『不適切な秘密』を抱えていることを教えてあげただけよ。……あなたの周りに、不誠実な人間を置いておきたくないの。……分かってくれるわよね?」
私は立ち止まり、彼の胸に顔を寄せた。
街灯の下、二人の影がアスファルトに長く伸びる。
外の世界は毒で満ちている。だから、私という解毒剤なしでは、あなたは生きていけないの。
「……一生、私だけを信じて。……他の誰の言葉も、あなたの耳には届かせないわ」
完璧な彼女。
それは、愛する人の周囲にある「不純な縁」をすべて焼き払い、世界を自分と彼だけの二人きりに変えていく、孤独な神。
(次回予告)
次は第37話、「同棲への秒読み。2DKという名の永遠の檻」




