第3話:密室と、バニラの香りと、暴走する執念
ターゲットの自宅、その二階。
二人きりの密室は、私にとっての**聖域**(サンクチュアリ)であり、**拷問室**(アトラクション)でもあった。
今日の私は、昨日までの私とは違う。
ほんの一滴のバニラと、計算された第一ボタン。
完璧な仮面の裏で、私の執念が静かに牙を剥く。
「……悠真、覚悟してね?」
策士たちが仕掛けた舞台で、私と彼の距離が、ついに「15センチ」の境界線を越え始めます。
藤原家の玄関前。
私は一度深呼吸をし、鏡代わりのスマホ画面で前髪を整えた。
今日のテーマは『計算された無防備』。
完璧な制服姿はそのままだが、ボタンを一つだけ外し、あえて首筋が見えるように。
そして、悠真が「昔から好きだ」と言っていた、ほのかに甘い【バニラの香水】を耳の裏に一滴。
「……よし。仕留めるわ」
インターホンを押すと、中から「はーい!」という元気な声と共に、あおばが開錠した。
「ほむら姉さま、いらっしゃい! お兄ちゃん、部屋で死にそうな顔して待ってるよ」
「お邪魔するわね、あおばちゃん」
あおばとすれ違う際、彼女が私の耳元で「香水、気合入ってるね」とニヤリと笑いながら囁いた。
私は無視して、二階の聖域――悠真の部屋へと階段を上る。
「……この公式、さっきも教えたわよ?」
「うっ、……ごめん。ほむらの説明、わかりやすいんだけど……その……」
悠真の部屋。
男の子特有の、少しだけ汗と制汗剤が混じったような匂い。
二人きりの密室で、教科書を広げる私たちの距離はわずか【15センチ】。
悠真がペンを動かすたびに、彼の体温が伝わってきて、私の集中力はとっくに限界を迎えていた。
(……近い。近すぎるわ。悠真の睫毛ってこんなに長かったっけ? 喉仏が動くたびに、理性という名のダムが崩壊しそう……!)
「ほむら? 顔、赤いぞ。エアコン、もっと強くするか?」
「っ……! 大丈夫よ。それより、ここ。……もう一度解き直して」
私が指し示したノートの上で、悠真の手が重なる。
その瞬間、私の脳内で何かが弾けた。
(触れた……。悠真の手。節くれ立っていて、スポーツマンらしい、私の大好きな手。……離したくない。このままこの手を引いて、後ろのベッドに――)
「おーい、二人とも! 差し入れ持ってきてあげたよー!」
ガラガラと音を立ててドアが開く。
そこには、お盆に乗った麦茶とドーナツを手にした、みもりとあおばが立っていた。
一階のキッチン。
ほむらたちが二階で勉強を再開したのを見計らって、みもりとあおばは声を潜めて反省会を開始した。
「ダメだね。ほむら姉さま、ペンを持つ手が震えてたもん。お兄ちゃんも、あんなにバニラの匂いさせてるほむら姉さまを前にして、よく平気でいられるよね」
あおばがドーナツの穴から二階の階段を覗き込む。
「いや、悠真も限界だと思うよ。さっきの顔、耳まで真っ赤だったし。……よし、あおば。次の仕掛けを」
「準備万端。……お兄ちゃんのスマホに、偽の『マネージャーからの着信』、入れる?」
「それはさっきやった。次は二人きりでの夕食作りに持ち込もう。佳代子さん(悠真の母)には、あらかじめ『パートの帰りが遅くなる』って連絡済みだから」
みもりはスマホのタイマーをセットした。
二階の密室。勉強という名の拷問は、まだまだ続く。
二階に戻った私たちは、気まずい沈黙の中にいた。
窓の外は、いつの間にか夕焼けに染まっている。
「……ほむら。あいつら、絶対なんか企んでるよな」
悠真が苦笑いしながら呟く。
「……そうね。でも、あの子たちの『企み』に、たまには乗ってあげてもいいんじゃないかしら」
私は、自分でも驚くほど大胆な声で言った。
完璧な仮面の裏側で、執念の炎がゆっくりと、確実に悠真を追い詰めていく。
「今夜は……【帰りたくない】。なんて言ったら、あなたは困るかしら?」
悠真のペンが、ポトリと床に落ちた。
(第3話・完)
第3話をお読みいただきありがとうございます!
バニラの香りと夕暮れの密室。
ほむらの「計算された無防備」は、悠真の理性を削るどころか、自分自身の理性をも焼き切らんとしています。
そして暗躍する、緑のショート(みもり)と水色のポニーテール(あおば)。
母親の帰宅時間まで操作するその手腕は、もはやプロの領域……。
次回、第4話は**『夕食は二人で。不器用なエプロンと、加速する鼓動』**。
ついに家庭的な空間で、二人の距離がゼロになる……!?
執念のエプロン姿を、どうぞお楽しみに!
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ほむらと悠真の二人きりの勉強会のイメージソングはこちら:https://suno.com/s/StgxqpzviCS57Zv4




