第20話:過去の秘密。悠真とエリカが交わした約束
深夜1時。藤原家の2階、悠真の部屋。
スタンドライトの細い光だけが、私たちの境界線を曖昧にしていた。私の指先が、悠真の掌をゆっくりとなぞる。
「……隠しごとは嫌いよ、悠真。エリカさんと、どんな約束をしたの?」
私の声は、自分で思うよりも低く、湿度を帯びていた。悠真は逃げるように視線を落としたが、私が指に力を込めると、諦めたように小さく息を吐いた。
「……約束っていうか。あいつ、中学の時、陸上部で挫折しそうになっててさ。俺、毎日あいつの自主練に付き合ってたんだ」
悠真が語り始めたのは、私の知らない、中学生時代の「彼ら」の物語だった。
エリカが海外へ転校する直前、最後に二人で走った夜。彼女は悠真にこう言ったのだという。
『私、向こうで一番になって戻ってくる。その時、悠真がまだ誰のものでもなかったら……その時は、私を一番にしてよね』
「……それが、秘密の内容?」
私の胸の奥で、氷のような嫉妬が音を立てて膨れ上がった。
「ああ。俺は、……適当に『おう、頑張れよ』って答えちまったんだ。あいつ、それをずっと覚えてて。昨日会った時も、『約束、守りに来たよ』って耳元で言われて……」
その頃、1階のソファ。
「……うわぁ、お兄ちゃん最悪。その返事は『予約』成立じゃん」
あおばが、集音マイクを通した二人の会話を聞きながら、頭を抱えていた。
「みもりさん、聞いた? お兄ちゃんの無自覚な罪作り。これ、ほむら姉さまが一番嫌いなパターンだよ」
スマホの向こう側で、みもりが低い笑い声を上げた。
「……『誰のものでもなかったら』、か。エリカも策士だね。でも、今の悠真には、もう『飼い主』がいるってことを分からせてあげないと」
「作戦名:『過去の清算・デリート・キー』。あおば、次の指示。ほむら姉さまに、その約束を『上書き』させなさい」
「……そう。そんな約束をしていたのね」
私は悠真の手を離し、代わりに彼の首に腕を回した。
完璧な美少女としての余裕なんて、もう微塵も残っていない。今、私の心にあるのは、エリカが残した「過去の残像」をすべて消し去りたいという、狂おしいほどの独占欲だけ。
「悠真。……その約束は、もう無効よ。だって、あなたは今、もう『私のもの』なんだから」
私は彼の耳元に唇を寄せ、熱い吐息と共に言葉を刻み込む。
「エリカさんには、私がはっきりと言ってあげるわ。……『過去の約束なんて、今の私の愛の前では紙クズ同然よ』って」
「ほ、ほむら……」
「……あなたは、私だけを見ていればいいの。過去も、現在も、未来も。……全部、私が独占してあげるから」
夜の静寂の中、私は彼を強く抱きしめた。
悠真の心に刻まれたエリカの言葉を、私の体温で上書きしていく。
窓の外では、冬の嵐が吹き荒れていた。けれど、この部屋の中にあるのは、嵐よりも激しく、深い、私という名の「執念」だけだった。
(次回予告)
次は第21話、「新学期の火花。ほむらvsエリカ、直接対決!」




